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【北海道でリジェネラティブ(大地再生)農業を実践】シナモンロールの力|レイモンドからの手紙(7)

北海道で畑を耕さない「大地再生農業」を実践するレイモンド・エップさんが話題です。そのレイモンドさんが、孫のあやめちゃんに綴る物語。

この記事は、『現代農業』に連載中の期間限定試し読みです。レイモンドさんが書いた原文(英語)もこちらからご覧いただけます。

レイモンド・エップ/荒谷明子訳

ターキーレッド小麦で焼いたシナモンロール
ターキーレッド小麦で焼いたシナモンロール

1年かけて農家の言葉に耳を傾けた

 1989年に聖書学院を卒業したジイジは、カナダのマニトバ州で農業危機に対処するプロジェクトを任されることになった。このプロジェクトは、84年に複数の教会の指導者たちが立ち上げ、主に農家へのカウンセリングを行なってきたものだった。

 しかし、「身を粉にして農家の悩み相談に乗ったところで、問題の解決にはならなかった。なぜ農業危機が起こっているのか、その解決のために何か行動を起こしてほしい」と、その役目をジイジが託されることになったんだ。食と農業に関わる仕事がしたい、困っている人のために働きたい、平和を創り出す働きがしたい、というジイジの願いにぴったりの仕事だと思った。

 まず、1年かけて州の各地を回り、農家の言葉に耳を傾けた。暮らしにどんな問題が起こっているのか、どんな不安を感じているのか、逆に求めていることはなにか、どんなことに希望を感じているのかを聴き、書き留めていった。

 あやめちゃん、興味深いことに、人々が願うことは共通していた。それは、「食べ物を育てる人がちゃんと生活できる収入を得ることができて、食べる人も手ごろな価格で食べ物を得ることができること」「作物や家畜がすくすく健康に育ち、しかもそれほどたくさんのお金がかからないお世話の仕方を学び、実践できること」「農地を広げたり就農したい人が、巨額の借金をしなくても農地が使えること」の三つだった。

安心できる場をつくる、当たり前を問い直す

 苦しいとき、人は変化のためのエネルギーや想像力すら失ってしまうってことを垣間見ることもあった。変化がよい状態をもたらしてくれるかどうかは、誰も保証できない。そんな恐れに踏み込むより、少なくとも生存できているのだから、慣れ親しんだこの苦しみに留まっているほうがいいと思ってしまうんだ。

 そんなときは、なにを話してもいいと思える安心できる場が必要だ。訪れた先々で小さな集まりを開き、悩みや願いを分かち合えるような機会をつくった。

 困難な状況を自分や誰かのせいにして責めたり諦めたりするのではなく、自分を取り巻いている社会やその仕組みや価値観に意識を向け、当たり前だと思い込んでいる事柄を、本当にそうだろうか?と問い直してみるんだ。そうすれば、なぜこのような農業危機が起きているのか、根本から解決するためにはどうしたらいいのかがわかってくる。そして、2人でも3人でも一緒にやってみよう!という人が集まれば、一歩を踏み出すことができる。

 ジイジはこのプロジェクトを「Stewards of the Land(大地の奉仕者たち、とでも訳そうか)」と名付けた。みんなが大地からの恵みで生きていることを思い出せるように。そこに息づくすべてのものを大切にする役割に目覚めて、都会の人も田舎の人も自分ごととして農業に向き合えるように。食べ物をどう育てて、どう分け合い、どう食べるか、その選択しだいで大地や地域社会がよくも悪くもなるんだと学べるように。

一つのパンを全員で分け合った

 いくつかの実践がこのプロジェクトから誕生していった。その一つが90年8月に開店したパン屋、トールグラス・プレーリー・ブレッド・カンパニーだ。開店祝いの席でスピーチをすることになったジイジは、こんな話をした。

「私たちには希望があります。慈しみを持って、大切に土地が手入れされるような農業が広まることです。そして、もっと人々が公平に扱われる社会になること。農家にも働く人にも適正な賃金を払います。そして健康的でおいしい食べ物を提供することをめざします。このパン屋が、より住みやすい社会をつくるために、みんなで力を合わせる場になることを願います。そうだ、協同作業の象徴として一つのパンを分け合って食べましょう!」

 そういって売り場を見たら、もうぜんぶのパンが売り切れてしまっていた。さぁ、どうしようと困っていると、一人の方が「このパンを使ってください」といって、家族のために買ったであろうパンを差し出してくれた。その場に集まった30〜40人の人すべてがパンを裂き、ひとつのパンを分け合って食べた。会ったこともないこの男の人が、思いやりある経済と住みやすい社会づくりのために初めの一歩を示してくれたことを、ジイジはいつまでも忘れないだろう。

小さな機械で大手工場より安く製粉

 このパン屋を通して学んだことはたくさんあった。大きすぎず小さすぎない、ぴったりの規模の技術を選ぶ重要性もその一つ。パン屋では、大きな倉庫がなかったから、有機栽培された小麦を2週ごとに少しずつ直接農家へ買い付けに行き、その日に使う分だけひけるような小さな製粉機で粉をひいた。すると驚いたことに、大きな製粉工場で作られたものよりも、ずっと安く粉を作ることができたんだ。だから、農家に普通の小麦価格の4倍を支払うことができた。

 大きな製粉工場では大きなトラックで遠くの農家から小麦を集め、たくさんの人や機械を使って大量の小麦をひいては、高く売れるならば別の国にまでも運ばれるから、食べる人が手にする頃には高額になってしまうんだね。実際その頃にはカナダの製粉業者はすべてアメリカの企業に買収されてしまっていたから、このパン屋の小さな製粉機がカナダ人が所有する最大のものだった。

 ひきたての小麦粉は栄養価も高くて、本当にいい香りだ。ガンジーが糸車を回して国産の綿花から衣服を自給することで、イギリスの植民地政策から独立しようとしたように、暮らしをもう一度自分たちの手に取り戻すんだっていう気持ちで、製粉機を回していた。

シナモンロールが役人を動かした

カナダで開店したパン屋
カナダで開店したパン屋

 さて、パン屋の評判が上がり始めた頃、一つ問題が持ち上がった。政府から法律違反を咎める手紙が届いたんだ。じつはカナダでは、政府から認定された業者じゃなければ、直接農家から小麦を買うことは法律で許されていない。農家に小麦代金を支払わないケースが多発したときに農家を守る目的でつくられた法律だ。しかし認定を受けるためには毎年たくさんのお金が必要で、このパン屋の規模では賄えない金額だった。

 ジイジは役人と直接話をしようと思って出かけていった。事務所に着くと、役人が立派な机の向こう側に座っていて、ジイジにいくつか質問をしてきた。

「君たちの製粉所の昇降機の大きさを教えてくれ」「えーと、昇降機はありません」「なに? では、どうやって小麦を製粉機に入れるんだね?」

 ジイジは肩をすくめて、袋から小麦をすくって製粉機に入れる動作をしてみせた。彼は手で額を押さえながら「では、Ultimate product(最終製品)はなにかね?」と尋ねた。Ultimateという言葉にはね、最終という意味のほかに、最高のという意味があるんだ。ジイジはわざと間違えたフリをして「どの商品が最高かは、人によって意見がさまざまです。全粒粉パンが一番おいしいという人もいるし、雑穀パンもかなりの人気です」と袋から次々にパンを出して並べて見せた。「でも私のイチオシはこれ。お一つ試してみませんか?」と、シナモンロールを役人に差し出した。

 一緒にシナモンロールを食べながら告白した。法律を破っていることは確かだ。でも農家を守るという、この法律の精神は破っていないと信じていると。

 最後の一口を食べ終える前に、彼はいった。「認定を受けずとも、営業を許可しよう。ただし、法律の対象外であることを農家が理解できるように、その旨を店に表示するように」

 祈りや願いはきっと誰かの心に届いて、予期したこと以上のことが起こることがある。うれしいことに、このことがきっかけとなり、地元の農家から小麦を買い、自家製粉をするパン屋があちこちで誕生していった。

(北海道長沼町)

レイモンドさんが書いた原文(英語)は、こちらでご覧になれます。

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農文協 編