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【北海道でリジェネラティブ(大地再生)農業を実践】CSA 地域で分かちあう農業|レイモンドからの手紙(8)

北海道で畑を耕さない「大地再生農業」を実践するレイモンド・エップさんが話題です。そのレイモンドさんが、孫のあやめちゃんに綴る物語。

この記事は、『現代農業』に連載中の期間限定試し読みです。レイモンドさんが書いた原文(英語)もこちらからご覧いただけます。

レイモンド・エップ/荒谷明子訳

筆者とあやめちゃん。いつも卵を買っている近所の養鶏場にて
筆者とあやめちゃん。いつも卵を買っている近所の養鶏場にて

あやめちゃん

 朝ごはんは何食べた? 卵とアスパラとパン? いいねぇ。卵は、帽子メガネのおじさんのニワトリたちのだね。春に見せてもらったヒヨコたち、ふわふわして温かかったね。パンはうちの畑で育ったターキーレッド小麦をバアバがひいて焼いた。

 でも、お店で買ってきた食べ物はどこの大地が育んだものだろう? そこの農家は種子を播いたり、実ったものを収穫しながら、あやめちゃんの顔を思い浮かべたりしただろうか?

ものを買えば、もっと幸せになれる?

 お店に並ぶ多くの食べ物や工業製品を考えてごらん。できるだけお金を使わないやり方で作られ、できるだけ高く売れるように工夫されている。街にあふれる魅力的な広告を見ていると、まるで新しく物を買うことで、人はもっと楽にもっと幸せになれるかのようだ。

 生産・製造業者は次々に新しい物を開発し、もっと大きくもっと強くなることを目指す。買い手のほうも、この夏の米不足のときのように、ほしいものが売り切れる前に人より早く手に入れなければと考える。なんだか競争しあっているようだ。こうして毎日たくさんのモノが作られ、運ばれ、売れ残ったら捨てられる。空は汚れ、大地は活力を搾り取られてカラカラのはらぺこだ。

農家を知るために、農家になった友人

 ジイジの大切な友だちのお話をしよう。

 その人の名は、ブルースター・ニーン。彼は若い頃、海軍の兵士だった。でも、あるとき気づいたんだ。戦争で相手を殺したって世の中の問題は何ひとつ解決しやしないって。そして軍隊を辞めて、大学に入り直して聖書と経済を学び、物書きになった。

 彼がとくに関心をもって調べたのは、農業と食べ物のことだった。農家に農業資材を売っている企業が、できた農作物の買い取りと流通も行なって、莫大なお金を儲けているのを見た。もっと効率よく、もっと生産性を上げて、もっと利益を増やそうという企業の考え方は、なるほどよく理解することができた。

 でも、農家はなぜそんな企業から資材を買ったり、育てた農作物を売ったりするのだろう? ブルースターはその理由を知りたいと思った。その悪循環から逃れる方法も考えたかった。農家をインタビューして記事を書くこともできたけど、ブルースターはそうしなかった。

 農家の気持ちを知るために、自ら農家になっちゃったんだ。すごいだろう? そう、彼は都会を離れ、奥さんのキャサリンと一緒にカナダのノバスコシアの田舎に移り住んでヒツジを飼った。

ブルースター・ニーンの著書。世界最大の穀物商社、カーギルの戦略と実態をていねいに描いた本(日本版1997年刊)
ブルースター・ニーンの著書。世界最大の穀物商社、カーギルの戦略と実態をていねいに描いた本(日本版1997年刊)

競争をやめて、協同して業者に販売

  農家になったブルースターは、20年間キャサリンと一緒に、農家の立場から見えてくる問題をどんどん文章にして、ニュースレターとして定期的に発行した。例えば、機械や肥料は値上がりしていくから、農家はヒツジをより高く売らなければ生活できない。でも、ヒツジを買い付けに来るバイヤーたちは、農家同士を競争させて価格を引き下げようとする。「そんな高い値段ではとても買えないね、あっちの農家ではもっと安く買えるんだから」とね。生き残るため、農家同士が腹のさぐり合いをするようになって関係がギスギスしてきた。

 ブルースターは決心して、周りの人に声をかけ、ヒツジ肉の流通組合をつくった。そして精肉加工までやって、自分たちが決めた価格で小売業者に直接販売できるようにした。ブルースターは、声を上げること、対話すること、協同することの大切さを身をもって教えてくれた、ジイジの尊敬する人だ。ブルースターの言葉が今も耳に聞こえてくる。

「周りが、もっと早く、強く、効率よく、一つのことを突き詰めようとするなら、われわれは、もっとゆっくり、しなやかに、回り道を厭わず、多様性を大事にやっていこう!」

都市住民がかかりつけの農家をもつ

  ジイジがいたカナダのマニトバ州の農家たちが直面していた危機に対しても、ブルースターたちのように対話と協同の歩みをしたいと思った。秋の収穫が終わる頃、関心を寄せてくれていた農家や都市の人、職業もさまざまな12人ほどの仲間が集まって話し合った。

 大地が健やかに保たれ、農家が安定して農業を続けられるために、都市に住んでいてもできることはないだろうか? 農家が育てた旬の野菜を都市住民が直接買うことができないか? 天候などの収穫量の変動にかかわらず、一定の金額を納めてもらえば、農業のリスクと恵みを農家と都市住民が共有することができるんじゃないか? かかりつけの医者や美容師がいるように、かかりつけの農家をもつみたいなものだね! 食べる人の顔を思い浮かべながら農作業ができるなんて幸せだ。都市に住む女性は「子どもたちも連れて行きたい!」といってくれた。

 その後もメンバーで集まって相談を続けた。そしてできあがったアイデアをもっと多くの人に聞いてもらうために、マニトバ産の食材を使ったディナーを食べる会を企画した。招かれた人のなかにラジオ番組の司会者もいて、翌日に会のようすや人々の声を放送してくれた。聴いた人たちから連絡が来るようになり、他のラジオ番組に呼ばれたり、テレビでも取り上げられた。

 3カ月後の1992年2月25日は、忘れられない日となった。ウィニペグ・フリープレス紙が特集記事を掲載した。その日オフィスの電話は鳴りっぱなしだった。175件の電話を受けた。人々は口々にいった。「この取り組みに参加したい。どこにお金を振り込めばいい?」

週に1回、農家が都会に野菜を運ぶ

  構想からたった4カ月間で200家族が集まるCSAが誕生した。CSAとは、”Community Shared Agriculture”つまり「地域で分かちあう農業」の頭文字だ。「食べることも農業」という考えで、どんな人も農業に関わろうという呼びかけだ。春になり、農家が週1回、都会の大きな駐車場に野菜を運んでくる。受け取る都市の人たちは協力しあってそれを分ける。出会いが広がり、レシピを教えあったり子どもを預けあったり、回を重ねるごとに関係性が深まっていった。

 夏の終わり、農場では持ち寄りランチとコンサートが開かれた。子どもたちはトマトの列の間をかけ回り、そのうちチームに分かれてズッキーニをバトンにしてリレーをはじめた。ニュースでは相変わらず毎日のように農家の倒産や自殺が報じられていたけれど、ジイジの目の前には、大地の上で食べ物を囲んで、農家と食べる人が幸せな笑顔で集う、和やかな光景が広がっていた。

 あやめちゃん、ここだけの話、人々はあのとき心の奥に仕舞っていた願いを発見したんじゃないかな。大地とのつながりを見出し、共にその大地に立つ仲間を感じるとき、人は自分の存在を再確認するんだと思う。大地の生き物たちの世界に触れれば、喜びや感動が呼び覚まされるだろう。そして見える世界が変わっていく。変化は私たちが思うより早く広がるのかもしれない。無理に変化を促したり、がんばって人を説得しようとしなくても大丈夫。気づきは向こうからやってくる。受け取って味わってごらん。その喜びは、きっと君を離れることはない。

(北海道長沼町)

レイモンドさんが書いた原文(英語)は、こちらでご覧になれます。

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農文協 編