植物ホルモンの「オーキシン」「サイトカイニン」「ジベレリン」などなど……植物の体の中で生まれ、その生き方を内側から方向づけている生理活性物質です。カタカナ言葉でとっつきにくいですが、樹と対話するためのツールのようなもの。人気ユーチューバーのつるちゃん(鶴竣之祐さん)に、オーキシンはじめ8種類の植物ホルモンの役割を、会社の経営に例えて解説してもらいました。
福岡・鶴 竣之祐

株式会社「植物」の社長のみなさん、こんにちは。社長! 今日はあなたの運営する会社の面白すぎる社員たちをご紹介します。とくに、屋台骨を支える5大幹部の素顔に迫っていきたいと思います。
会社の社長になった覚えはない! 植物ホルモンについて知りたいのだ!と思われるかもしれませんが、これが植物ホルモンについてはですね、会社のたとえがめちゃくちゃわかりやすいんです。
オーキシン専務――元祖カリスマ上司

まずは当社の大黒柱、栽培者である社長の直近の部下でもある、オーキシン専務をご紹介します。この方、もう会社の創業期からいる超古株で、「上を目指せ! つねに上を!」が口癖なんです。
厳しい性格でね、部下の芽(側芽)たちに「おまえらは動くな! 先端の生長点だけが伸びるんだ」って命令するのが大好き。これを専門用語で「頂芽優勢」といいまして、要するに「上に立つものがすべてを制御する」という考えの持ち主なわけです。
でも面白いことに、この方、重力には過敏。幹や枝が横に傾くと「こんな状態では指揮がとれん!」ってピーピーいいながら、上に向かって曲げようとするんです。おかげで、会社(植物)はつねに上に向かって育つ。なかなかシビアな性格してますよね。
ちなみにこの方、根っこの生長にも大きく関わっているんです。「根は下へ、茎は上へ」が口癖で、会社の方向性を決める重要な存在なんですよ。
サイトカイニン常務――はちゃめちゃ部下想い

続いては、オーキシン専務のよきライバル、サイトカイニン常務。この方がまた面白い性格でして、「部下の芽をどんどん伸ばそう」が口癖の、超~部下想いの上司なんです。
オーキシン専務が「側芽は動くな! 上へ伸ばせ!」って抑えつけても、この方は「いやいや、みんな伸びていいのよ〜」って感じで、側芽をどんどん生長させようとする。新しい細胞分裂を促進したり、老化を防いだり、もう完全に部下の味方です。
とくに面白いのが、根っこでつくられて上のほうに送られていくイメージなんですけど、行く先々で「さあ、みんな育とう」って声をかけまくる。だから、地下部で生成されて地上部に届くと、あちらこちらで芽がどんどん伸びたり、花が咲きだすわけです。オーキシン専務に見つかると、「経費(養分)を浪費しすぎるなよ」って抑えられちゃいますけど。
ジベレリン部長――背伸び大好き若手育成担当

お次は、ジベレリン部長。「とにかく伸ばせ!」が口癖の超生長主義者で、細胞を縦に伸ばすのが大好き。とくに、茎の節間伸長の担当として大活躍しています。
タネなしブドウの栽培でお世話になっている人も多いんじゃないでしょうか? 本来、種子から出てくるはずのジベ部長を外から吹きかけることで、タネがなくても果実を大きくできるんです。
でも困ったことに、この部長が暴走すると、植物が徒長気味になっちゃう。「もっと伸びろ〜」って感じで若手社員(新梢)を急激に生長させるもんだから、ときとして困ったちゃんな上司でもあります。
エチレン課長(定年再雇用組)――熟年の引退勧告担当

最後の幹部が、エチレン課長。この方、会社では人事の引退宣告に関する責任者なんです。果実を熟れさせたり、葉を黄色く染めて落とさせたり、もう「お疲れさまでした〜」が口癖です。
面白いのが、このエチレン課長、ガス状で活動するんです。だから、一カ所で仕事を始めると、そのあたり一帯に影響が……。バナナが急に熟れすぎちゃうのも、このエチレン課長の仕業なんです。
傷害や病気が起きたときも、真っ先に現場に駆けつけて「ここの細胞はもういいでしょう、お疲れさまでした」って。ちょっとせつない仕事してますけど、会社にとっては欠かせない存在なんです。
アブシシン酸課長・ジャスモン酸・サリチル酸――心配性の危機管理課スタッフたち

植物の特性って何でしょう? それは動物と違い、「動かないこと」です。その場にじっとしているからこそ、とても発達した防御のための特設部署があります。それがわが社の誇る「危機管理課」。課の優秀な社員3名を覚えておきましょう。
まずは、コンプライアンスに厳しいアブシシン酸課長。会社の危機管理担当として、いつも「それは危険です。気を付けて!」が口癖なんです。
とくに水不足になると大活躍。会社の「気孔」という換気窓を「今は閉めたほうがいい」って必死に閉めに走り回る。種子に対しても「まだ発芽には早い」「今は休眠してなさい!」って、もう超慎重派。
でもね、この方がいるからこそ、会社は危機を乗り越えられるんです。ストレス耐性を高めたり、タンパク質をつくって細胞を守ったり。心配性が会社を救うってことですね。
そして近年、めきめき頭角を現わしてきた注目株が、同課のジャスモン酸です。この方、会社の防衛システムのスペシャリストなんです。
「敵襲! 敵襲!」が口癖で、虫に葉っぱを食べられたりすると即座に現場に駆けつけて対策本部を設置。近隣の細胞に「防御物質を出せ!」って命令したり、他の葉に「警戒態勢をとれ!」って警報を出したり。
そしてこのジャスモン酸、傷に対しても敏感なんです。葉っぱが機械的に傷ついただけでも「これは虫の仕業かもしれない!」って大騒ぎ。でもこの用心深さのおかげで、会社の防衛システムは超万全なんです。
特筆すべきは、サリチル酸(病害対策の専門家)との関係。お互い「私が出てるときは邪魔しないで!」って感じで、同時に活動することを避けるんです。これってじつは理にかなってて、虫と病気に同時に全力で対応してたら、会社(植物)のエネルギーがもたないんですよね。
ブラシノステロイドくん――若手の筋肉系社員

番外編として、最近注目の若手社員、ブラシノステロイドくんもご紹介。この方、もう筋肉バカなんです。「もっと太く! もっと強く!」が口癖で、細胞を横に伸ばして茎を太くするのが大好き。
暗いところで育ったときの徒長にも関わってますが、面白いことに、ストレス対策も得意なんです。暑さ、寒さ、塩害なんかのストレスがかかると「まかせてください。体を強くします!」って。
みんなでつくる植物の未来
さて、ここまで株式会社「植物」の個性的な面々をご紹介してきましたが、どうでしょう? じつは、これらのホルモンたち、単独で働くことはほとんどないんです。
たとえば、社長のあなたが枝をせん定すると……
- オーキシン専務が「新しい頂芽を決めるぞ」
- サイトカイニン常務が「よし、抑制から解放された芽を育てよう」
- ジベレリン部長が「新梢をグングン伸ばすぞ」
- エチレン課長が「切り口の傷の処理をしなきゃ」
- アブシシン酸課長が「でも水分のバランスは崩さないように!」
って感じで、みんなが協力しながら働いているんです。
だからこそ、せん定をするときも、「ここを切ると、オーキシンの影響が減って、サイトカイニンが活性化して……」みたいに、このホルモンたちの個性を理解していると、その後の植物の反応が予測できるようになります。あなたが植物の仕立てをしたり、摘心、せん定をするたびに、この社員たちに命令していることを忘れないようにしましょう。
どんな社員がいるかもわからずに采配を振るうほど、愚かな経営はありませんからね。次に畑の植物の様子を見るときは、こんな個性的な社員たちのことを思い出してみてください。きっと、今までとは違う植物の姿が見えてくるはずです。
(福岡市)
この記事の詳細は『現代農業』2025年1月号をご覧ください
『現代農業』2025年1月号の巻頭特集「植物ホルモン入門 果樹の気持ちが読める!?」には、以下の記事も掲載されています。ぜひ本誌でご覧ください。
カキの徒長枝で植物ホルモン入門(長崎・瀬片元治さん) 42
植物ホルモンから見た果樹の1年 50
植物ホルモン基礎講座 52
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花を咲かせないのが道法スタイル レモンとブドウの垂直&垣根仕立て 道法正徳 78
【植物ホルモン塾13】 ミカンの噴水仕立て 垂れた枝でも果実が太る理由(長崎・瀬片元治さん) 90
果樹以外でも 植物ホルモンおもしろ活用 94
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鶴竣之祐 著
果樹のせん定は難しくない。人気の農業系ユーチューバーが樹の生理を基礎から徹底解説。ブドウ、イチジク、カキ、ミカン、レモン、ウメ、モモ、リンゴなど12種の仕立てや切り方が写真、イラスト、動画でよくわかる。