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ここが変だよ 日本の有機農業(第2回)自給率が低くては、有機農業拡大はできない

西尾道徳みちのり

物質循環のネックは遺伝子組み換え飼料

 食品の国際基準を作るコーデックス委員会の、有機農業に関するガイドラインには「有機農業は、生物の多様性、生物学的循環及び土壌の生物活性等、農業生態系の健全性を促進し強化する全体的な生産管理システム」で、「動植物の廃棄物を循環利用して養分を農地に還元し」「地域の農業システムの再生可能資源を活用する」と記述してある。強調されているのは「循環」である。

 一方、日本では有機農産物(販売用)の生産はJAS法(農林物資の規格化等に関する法律)によって規定され、これに基づいて有機の農産物、畜産物、飼料、食品と藻類(海藻やノリ、2021年12月に追加)の五つの生産基準が作られている。そのうち、有機食品と藻類を除く三つの生産基準では「農業の自然循環機能の維持増進を図るため……生産する」と、やはり物質循環の重要性を強調している。有機農業で物質循環を重視するのは、生き物の働きや人の力によって、堆肥や作物残渣などの養分を土壌に還元し、外部からの化学資材の投入を極力排除するためである。

 そこで問題になるのが、トウモロコシなどの遺伝子組み換え飼料(GM飼料)や飼料添加物である。

 例えばGMトウモロコシには、害虫を殺す毒素生成遺伝子や、除草剤や殺虫剤を分解する酵素を生成する遺伝子を細菌から組み込んでいる。それによってトウモロコシが害虫に食い荒らされるのを防いだり、高い濃度の除草剤や殺虫剤を散布したりできるようにしているわけだ。おかげで農家の作業は大幅にラクになり、世界の主要輸出国では、すでに大部分がGMトウモロコシに切り替わっている。同様にナタネや大豆、ワタなどの輸出国でも、大部分でGM作物が生産されている(下図)。

 しかし有機農業では、通常は起こらない異種生物間での遺伝子交配を、人為的に行なう遺伝子組み換えを認めていない。どこの国の有機農業規則でも、GM飼料や飼料原料を有機畜産で使用することは禁止しているのだ。


日本への作物別主要輸出国と最大輸出国における栽培状況
(農水省ホームページより)

非GM飼料が手に入らない日本

 ただし、GM作物の検出にはコストと労力を要することなどから、実際の扱い方は国によって異なる。例えばEUでは、販売する飼料や飼料原料などにGM作物を使用しているかどうかラベル表示させ、有機農家にはそのラベルなどを証拠として保持するよう義務化している。

 一方、日本ではそうした義務もなく、飼料や家畜糞尿などがGM作物に由来していないか確認することも求めていない。日本で使用されている飼料用子実トウモロコシは、事実上すべて輸入したGM作物である。国内での非GMの子実用トウモロコシの生産量はまだごくわずかにすぎないからだ。

 非GMトウモロコシが事実上入手できないため、EUのようにラベル表示を義務化しても意味がない。また、畜産農家が海外から非GMトウモロコシを入手しようとしても、世界での生産量も少なく法外に高額となるため、やはり実際は購入できない。つまり、GM作物を含まない家畜糞堆肥の入手も、国内では難しいということだ。

 そこで日本では、日本農林規格の附則において、当分の間はGM飼料を与えた家畜の糞尿堆肥を使用することができるとしている。「当分の間」というのは、日本の有機畜産農家が必要量の非GM飼料を購入できるようになるまでの間、という意味であろうが、それはいつになるかわからない。GM飼料をいつまでも使っていては日本の有機畜産は育たず、その堆肥を使い続けるのも、正しい有機農業とはいえない。

 ちなみに、GM作物の生産には別の問題もある。GM作物を栽培すると、その導入遺伝子を含む花粉が、周囲の同種の非GM作物に運ばれ受粉して組み込まれる。作物の種類によって花粉の移動距離は異なるが、非GM作物への汚染を防止するため、両者の間に十分な距離を開けなければならない。その距離は国によって異なり、カナダは大豆で10m、トウモロコシで300m、油糧用アブラナや採種用アルファルファ、リンゴで3kmとしている。

 狭い農業経営体が隣接しあっている日本では、例えば1軒の農家がGM作物を導入すると、同じ作物を栽培している周辺の農家でGM汚染が生じて、有機栽培ができなくなるケースが続出してしまう。

自給率を上げないと物質循環は実現しない

 最初に述べたように、有機農業は「地域の農業システムの再生可能資源を活用する」ことを重視している。ここでいう「地域」は明確に定義されていないが、自然条件や社会・経済的条件、農業の主要作目が類似している連続した地帯というイメージであろう。

 そこで問題になるのが、日本の自給率である。食料や飼料の大部分を輸入し、自給率が低い日本のような国では、有機飼料や堆肥の循環は成立しない。国内で飼料用子実トウモロコシを栽培しなければ(つまり自給率を大幅に向上しなければ)、畜産農家は非GM飼料を購入できず、耕種農家も非GM堆肥を入手できない。

 飼料に加えて、有機の作物栽培で多用されている有機質肥料のナタネ油粕や大豆粕、魚粉なども、外国からの輸入に頼っている。そして、世界のナタネや大豆の輸出国では、大部分がGM作物を栽培している。

 輸入したGM飼料やGM有機質肥料でつくられた家畜糞尿や作物残渣を利用したのでは、本来の物質循環とはいえず、有機農業ではないであろう。日本で健全な有機農業を育てるには、食料・飼料の自給率を向上する努力が不可避なのだ。

 EUの有機農業規則では、牛やヤギや馬では、少なくとも60%の飼料は農場自体か、同じ地域の有機(または転換中)圃場の飼料や飼料原料を使用しなければ有機畜産とは認められない。しかもこの割合は、2023年から70%に引き上げられる。他の畜種でも、豚や家禽やシカで少なくとも30%、ウサギで70%とされている。


著者紹介

東京都出身。農学博士。1969年農林省(農水省)入省。農業環境技術研究所長、筑波大学生命環境化学研究科教授、日本土壌肥料学会会長などを歴任。著書に『土壌微生物の基礎知識』『有機栽培の基礎知識』『検証 有機農業』(いずれも農文協刊)など。

検証 有機農業

西尾道徳 著

本書は、世界的に見た有機農業誕生から現在までの歴史、各国の有機農業規格、農産物品質・環境への影響、食料供給などの可能性を示し、日本での有機農業の課題を明らかにする。