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【『みんなの有機農業技術大事典』によせて】第5回:刊行記念セミナー報告①(アーカイブ配信中)

編集部

「ひと言で言えば、現状は農業技術の転換期。有機農業は、近代農業に代わる技術体系になる」「慣行も有機も、農家は急激に減っている。力を合わせなきゃいけない」

昨年12月19日に開催された「『みんなの有機農業技術大事典』刊行記念公開セミナー」で飛び出した発言だ。当日は埼玉県戸田市・農文協の本会場に加え、オンライン視聴が可能なイマドキの形で開催したこともあり、年末のドタバタ時期にもかかわらず150人以上が参加してくれた。熱かったその場の空気を、誌面でもできる限りお届けしたい。

始まった、農業の大転換

当日のようす。会場に20人弱が来場したほか、130人程度がオンライン上で視聴。スライドで映される農園の画像にも大いに盛り上がった
『みんなの有機農業技術大事典』刊行記念セミナーのようす

「有機」の意味を確認

 セミナーの最初に農文協の事典編集担当者から、3月10日に発行予定の『大事典』の内容と意義について説明があった。大きな特徴は、150人以上の農家が登場する「農家技術」ベースの事典であることだ。いわゆる「みどり戦略」として、農水省は2050年までに有機農業の面積を全農地の25%まで拡大すると宣言。有機農業の研究から「技術カタログ」も発表したが、有機の技術は実際に取り組む農家のほうが圧倒的に先を走っている。

 また、本事典でいう「有機」は、自然農法やJAS有機など、特定の農法を指すわけではない。もっといえば、少しくらい農薬を使っていても「自然に沿った農業がしたい」という想いがあれば「有機」の仲間ととらえている。有機とそうでない技術を目くじら立てて分ける方向ではない、みんなをつなぐ「みんなの有機農業」の事典である、という趣旨の説明がなされた(詳しくは『現代農業』3月号の「主張」をご覧いただきたい)。

谷口吉光さんの話「有機農業のパラダイム」

谷口吉光さん。元秋田県立大学教授で、日本有機農業学会会長を長く務めた。今回の『大事典』ではトップ記事「有機農業のパラダイム」を執筆(24年11月号p234)

谷口吉光さん。元秋田県立大学教授で、日本有機農業学会会長を長く務めた。今回の『大事典』ではトップ記事「有機農業のパラダイム」を執筆(24年11月号p234

日本はこれから本当に変わる

 話題提供の1人目は、元秋田県立大学教授の谷口吉光さん。「有機農業のパラダイム」という題で、日本の農業は本当に転換点を迎えたという話をしていただいた。

 「私は『みどり戦略』で、農水省が近代農業からの脱却を事実上宣言したと受け取りました。農薬を半減する、化学肥料は3割減らす、有機農業を大幅拡大すると言い出したわけです。本当に、それまでの常識を覆す発言で、化学農薬半減の目標が実現すれば、近代農業は日本からなくなって、日本全体が減農薬の世界になるわけです」

有機農業、四つの特徴

 谷口さんによると、有機農業には四つの特徴があるという。

 「まず、①有機農業の定義は『無農薬、無化学肥料』ではない、ということ。それでは非常に一面的。人間が2本足で歩くからといって、人間とは2本足で歩くものだとだけ定義したらおかしいのと同じです。私は有機農業の定義には、農薬や化学肥料を使わなくても立派な作物ができる仕組み、まで盛り込むのが望ましいと思います。

 だからこそ次の特徴は②『技術が多方面に及ぶ』こと。今回の大事典には生物多様性、消費者、小農、有機給食、不耕起、カバークロップ、輪作・連作、微生物、自家採種など、本当に幅広い項目がカバーされています。どうして、こんなにたくさんの内容が含まれているんでしょう。それは、有機農業がこういうたくさんの要素を含む広い概念のものだからです」

 また、③資材の力で抑え込まないからこそ「地域に合わせて農家一人ひとりが作る農業」であること、④草や微生物、虫などを敵視せず「生きものを増やし、生きものの力を借りる農業」であることなど、わかりやすく解説いただいた。

慣行農家と手を携えて

 そして、今後の有機農業技術発展のために一番重要なのが、慣行農家と一緒にやっていくことだという。

 「有機農家と慣行農家が、一緒に技術開発に取り組むべきです。両者は長い間対立してきて、互いに相容れないという考え方が常識になっている場面もたくさんあります。しかし、今はみどり戦略の下、とにかく有機の面積を40倍にしなければいけない。農家の大部分は慣行栽培なわけですから、有機農家だけではできません。みんなで一緒に手を携えて、持続可能な農業を作っていってもらいたい」

魚住道郎さんの話「魚住農園と足立区都市農業公園 2024年の風景」

有機の日常はこんなに賑やか

 続いて、日本有機農業研究会理事長、茨城県石岡市の現役農家・魚住道郎さんが登壇。約50年前、魚住さんが有機農業を志した経緯から始まり、現在東京都足立区で取り組む体験型の「農業公園」での活動、そして自身の畑や農園の様子について、多くの写真を交え次から次へ楽しく解説いただいた。

自作除草器「土郎丸」を紹介する魚住道郎さん。会場では魚住さんの手作り農具を多数陳列。参加者は興味津々だった
自作除草器「土郎丸」を紹介する魚住道郎さん。会場では魚住さんの手作り農具を多数陳列。参加者は興味津々だった

 「これは、提携消費者とのクヌギとコナラの落ち葉集め。踏み込み温床やマルチ用です。皆さん、平均80歳ですよ! 月1回援農に来てくれます」

 「この写真は11月のニンジン畑です。うちは太陽熱処理しませんが、キレイに揃ってできました。除草は自作の『土郎丸』とか、今日お持ちしたいろいろな道具で」

 「小麦の除草は古野隆夫さんの真似で『ホウキングもどき』。結構キレイに除草できてるでしょ。田んぼのほうはコイ除草。30匹ぐらいコイ入れて、15年草1本も取らずにいけてます」

 「ニワトリは500羽くらいやってます。飼料は全部国産で。鶏糞は床で敷料のモミガラなんかと一緒に発酵するので、堆肥材料に使っています」

 「猛暑対策には『天津すだれ』。150~200円でできます。二つ折りにして、こう背中に背負って。ファンなんか付いてないけど風通し抜群で、終わったらこれも堆肥材料にできます」

 「今年のハクサイは、トンネルなしでの栽培を試してます。息子は『害虫が多いから今年は絶対無理だ』と。オレは『絶対できる。長年のキャリアはそう言わせてる』ってんで、比較実験やってます。時々カミさんと息子が結託したりして、常にバトルです(笑)」

白熱の質疑応答

 2人からの話題提供の後は、視聴者を交えた質問・交流時間がとられた。会場からの「就農2年目の素人なんですが、有機農業にまず何から取り組めばいいのでしょうか。まずは土づくりでしょうか」という質問に対して、自分の経験を交えて具体的に答えたのは魚住さん。

 「私が最初に取り組んだのは、堆肥づくり。自分の手でつくってみれば、どこがよくてどこがまずかったか。成功しても失敗してもその元を探れる。私は家畜糞とワラ、モミガラ、ススキだとか、そういうものを混ぜ合わせて積んだ。フォークとかスコップで積み上げて。最後に、周囲に迷惑をかけないように土でカバーしたんですよ。全部好気性だとニオイが出るから、半分嫌気状態を作るんですよね……。いろいろ取り組みがあっていいけど、ぜひ踏み込み温床にもチャレンジを――」

 他にも「学校有機給食向けのダイズ栽培をどう広げるか」「スリランカの有機農業政策はどうして失敗したか」など、事典著者の意見を直に聞ける機会とあって、時間内に収まらないほどさまざまな質問が飛び出した。

化学資材とどう付き合うか?

 さて、とくに盛り上がったのが滋賀の有機稲作農家・中道唯幸さんからの「ケミカル(化学)業界も素晴らしい技術・情報を持っている。そこにどうアプローチし、どう有機に活かしていったらいいのか」という質問。これに対する、谷口さんの答えはこうだ。

 「今まで、有機=無農薬無化肥料だっていう価値観から、『いやいや、ケミカルは使えませんよ』と門前払いしていましたが、私はそういうふうにすべきではないと思います。いいものは使ったらいいと思う。難しいのは、じゃあそれだとまた化学資材をどんどん使うほうにいくんじゃないかと。組み立てが難しいところだと思います。

 化学資材は、個人が使用を減らすというのも大事だけれど、総量を削減する、地域での全体量を減らすということですよね。集落地域全体でどれくらいの化学肥料や農薬を使っているかを全部算出してもらって、それをどう減らすのか、目標を立てて進むというのが、一つのやり方かと思います」

熱心にメモを取る参加者
熱心にメモを取る参加者

地域の話し合いで決めていく

 「先日、ある若いカンキツ農家の話を聞いて、たいへん複雑な気持ちになりました。有機農業の産地として結構有名なところなんですが、除草剤を使わないもんだから、段々畑の草刈りにものすごく時間を取られる。それでその負担を担っている若い農家が『1回くらい除草剤を使ってもいいんじゃないか』と提案したんだそうです。除草剤を1回使うことによって段々畑の除草時間が軽減されて、その分自分の樹の手入れにすごく時間をかけることができるようになった。その結果、生産性が2倍になったっていうんです。いい果実が2倍とれるようになったって。

 これをどう考えるか――判断の難しいところですが、できるだけ無駄なく無理なく農家が農業生産を続けていけることが大事。みんなでそこを議論して、生産が倍になるんだったら除草剤1回使うのもいいんじゃないかともし決めたら、その地域はそうやっていく。それぞれの地域が相談しながら、どの技術、どの資材を選ぶのか決めて、みんなで決めた目標をだんだん達成していくような、そんな進め方がいいんじゃないかなと思います」

 谷口さんの話に頷く顔もあれば、首をかしげる人もあり。有機栽培では、病気への対策も肥料の供給方法も、一問一答とはいかない。その発展・普及のためには、やはり正解のない有機的な交流や議論が必要だ。

 農文協では今回のセミナーに続き、事典発刊記念企画として、1月から3カ月連続で「耕さない農業」がテーマの講座を予定している。オンラインで視聴可能なので、ぜひご参加いただきたい(お申込みはこちら)。

今回のセミナーのアーカイブは、下のYouTubeチャンネルで見られます。ぜひご覧ください。

農文協『みんなの有機農業技術大事典』刊行記念公開セミナー(谷口吉光氏・魚住道郎氏)  *農文協のYouTubeチャンネルに飛びます

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