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【『みんなの有機農業技術大事典』によせて】第4回:「有機農業公園」で感じる熱気

茨城・魚住道郎

3月10日発行『みんなの有機農業技術大事典』は、すべての農家に読んでもらいたい本だ。ここでは、大事典の著者の方々に、内容のエッセンスをご紹介いただいている。今回は現代農業おなじみの有機農家、魚住道郎さんより。

秋の収穫祭(サツマイモ掘り)に集まった親子連れの参加者(写真はすべて平島芳香撮影)
秋の収穫祭(サツマイモ掘り)に集まった親子連れの参加者(写真はすべて平島芳香撮影)

有機農業イベントに年間4000人

 ようやく、国が有機農業に本腰を入れ始めました。その影響でしょう。東京都足立区の「都市農業公園」には、全国から視察が訪れています。ここは国内では唯一の「有機農業公園」です。

 有機農業公園とは、その名の通り、有機栽培で管理された田畑や果樹園などを備えた公園です。訪れた人たちは園内で作物や家畜に触れ、学び、体感し、公園内で収穫された農作物を買うこともできます。

 そのモデルとなる公園が東京東部、荒川のスーパー堤防の一画にあるわけです。公園の敷地面積は、河川敷も含めて約6ha。うち水田が12a、畑が50aで、年間60~80品目の野菜や米、ムギ、ダイズなど作物を栽培しています。もちろん、化学農薬や化学肥料は一切使っていません。堆肥場もあり、園内で発生する落ち葉や雑草で、堆肥やボカシ肥をつくって使っています。

 日本有機農業研究会は20年ほど前からこの公園の農地管理を任され、東京近郊の有機農家十数名と日有研のアシスタント十数名、公園スタッフ数名で協力して担っています。農家にはキャリアに応じて日当が支払われ、若い有機農家にとっては、情報交換や技術研鑽の場ともなっています。

 畑でとれた野菜は園内の直売所で販売されるほか、併設されたレストランでも使われています。なお、園内の直売所では、田畑の管理に携わる有機農家の生産物(野菜や苗、米や卵、加工品など)も販売され、好評を得ています。

農業公園内のハウスで、踏み込み温床づくりを指導する筆者(右端)
農業公園内のハウスで、踏み込み温床づくりを指導する筆者(右端)

 田植えやイネ刈り、野菜のつくり方教室や収穫体験など、年間を通して行なうイベントには毎年多くの人が参加してくれます。2023年度の実績でいえば、有機農業関連のイベントは年間92回、参加者は延べ4392人でした。新型コロナでイベントを中止した年を挟んで、参加者は年々増えています。都市部ということもありますが、農業や有機栽培への関心の高まりに驚かされます。

有機農業公園に全国から視察

 視察も数多く受け入れています。そのうち山口県や島根県、京都府や都内の世田谷区では実際に、有機農業公園を造ろうという動きがあります。

 たとえば山口県山口市では、「山口市有機・環境保全型農業公園を造る会」という市民団体が立ち上がり、18.7haある山口県農業試験場の跡地を公園にするよう求めています。

 京都府では、オーガニックビレッジ宣言を行なった亀岡市が、14haの「京都・亀岡保津川公園」をオーガニックビレッジパークとして整備、有機農業の拠点とする計画案を発表しています。有機農業の貸農園や農業塾、イベントを開催したり、実証実験の場としたり、新規就農者向けの有機農業学校を始める計画のようです。

 オーガニックビレッジ宣言をした市町村は全国に約130あるそうです。その記念に、有機農業公園を造るというのはいいかもしれません。「森里川海公園」や「花よりダンゴ公園」など、呼び名はいろいろあっても面白いと思います。規模の大小も地域の実情に合わせればいいと思います。

 それぞれの公園ではだれもが耕し、タネを播き、育て、収穫し、有機農業を学ぶことができます。在来種のタネ採りや実験圃場にもなります。森里川海の交流拠点となり、川上から川下までの人のつながりができて、防災拠点にもなるはずです。

世界同時多発的な有機農業ブーム

 有機農業は今、大きな関心を集めていますが、国内で最初の有機農業運動は1970年代初頭に始まりました。

 当時、有機農業運動は日本だけでなく、世界的に広がっていましたが、それは偶然ではありません。第二次世界大戦後、とりわけ先進国での急速な工業化は環境破壊と公害をもたらしました。レイチェル・カーソンが『沈黙の春』を書いたのは62年。60年代後半には、各国で工業化や農薬による深刻な汚染が重要問題となっていました。

 日本では水俣病や新潟水俣病、四日市ぜんそく、イタイイタイ病の四大公害病をはじめとした河川や湖沼、海の環境汚染が大きな社会問題となり、67年に公害対策基本法が制定されました。

 そして、農作物の農薬汚染も起きていました。たとえば71年には、厚生省の調査で対象の母乳すべてからDDTやBHCなどの有機塩素系農薬の成分が検出される事態となり、大変な問題となりました。

 同年、元農協中央会の一樂照雄さんの呼びかけで日本有機農業研究会が設立されたのも、背景にそうした社会的な課題があったわけです。

 それから半世紀たち、2020年にはアメリカが「農業イノベーションアジェンダ」(50年までに環境負荷を50%削減)、EUが「Farm to Fork戦略」(有機農業の農地比率を30年までに25%に引き上げ)を発表。翌年には日本の農水省も「みどりの食料システム戦略」を発表し、50年までに有機農業の農地比率を25%(約100万ha)にするなどの目標を掲げました。同じような時期に、各国が有機農業に再び本腰を入れるようになったのも、偶然ではないはずです。

今、そこにある危機

 地球の気候変動は今や異常ともいえる状態で、農家としては、その影響を毎年イヤというほど実感しています。

 たとえばタマネギの播種日。茨城県南にある魚住農園では長年、早生品種も中生品種も播種適期は9月15日でした。タマネギは葉鞘の太さが1cmほどに達して、10°C以下の低温に1カ月以上さらされると花芽分化が起きるといわれています。早播きすると、冬になる前に太くなりすぎてトウ立ちしてしまいます。しかし無事に越冬して春に肥大させるにはそれなりの太さも必要です。タマネギが太すぎず細すぎず、ちょうどいい太さに育つのが9月15日前後の播種だったのです。

 じつは、私が農業を始めた半世紀前は、9月上旬が適期でした。それが今、タマネギの播種適期はさらに5日遅くなり、9月20日になりました。温暖化の影響で、15日に播種すると、越冬前に生育が進みすぎてトウが立ってしまうようになったのです。

 また、これまで防虫ネットなしで栽培できたキャベツやハクサイも、近年はむずかしくなってきました。大敵ハスモンヨトウが、以前は11月上旬になれば全滅していたのに、生き残って被害が出るようになってきたのです。

 農家であれば近年、有機だろうがそうでなかろうが、みんな同じような経験をしているはずです。

 また、一部の農薬の問題も改めて注目されるようになっています。たとえばネオニコチノイド系農薬によってハチやトンボ、一部の魚類の減少が確認されています。人間への影響を疑う研究結果も発表され、各国で使用が禁止されるようになりました。

 こうした世界的な大きな問題に対して、有機農業は明確な解決策を持っています。だからこそ、改めて注目されるのではないでしょうか。

 機は熟して今、農文協が有機農業の大事典を企画したのも必然といえそうです。執筆陣は減農薬や減化学肥料、そして有機農業に真摯に取り組んできた農家や研究者たち。この大事典は、その技術、叡智の集大成です。現代農業の知恵袋であり、これからの農業の重大な方向性、転換点を示した手引書となってくれるはずです。

(茨城県石岡市)

魚住道郎さんが講師を務められた『みんなの有機農業技術大事典』刊行記念公開セミナーのアーカイブが、下のYouTubeチャンネルで見られます。ぜひご覧ください。

農文協『みんなの有機農業技術大事典』刊行記念公開セミナー(谷口吉光氏・魚住道郎氏)  *農文協のYouTubeチャンネルに飛びます