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映画『百姓の百の声』制作秘話④上映会報告(1)みんなで話せた 確実に届いた

大阪・伊藤雄大

 映画『百姓の百の声』が、いよいよ封切りとなる。11月5日、東京・東中野のミニシアターから始まって、上映予定の映画館が各地に控える。公開時期はこれから決まるところも多いので、公式ホームページの情報を随時チェックして、ぜひ見逃さずにいただきたい。

 今回は、一般公開に先立ち、大阪府能勢町で行なわれた「完成披露上映会」の様子をお伝えしたい。クラウドファンディングの返礼で上映権をゲットした主催者・伊藤雄大さんからの報告だ。

上映会のあと、柴田監督(最前列・青いTシャツ)と一緒にみんなで撮りました。左隣が僕です

 9月24日の朝、上映会当日――。

 バタバタと準備をしていた朝方、プロデューサーの大兼久おおがねく由美さんから「台風で、新幹線も飛行機も動かなくなった」「急遽、東京から車で向かう」と電話があって心臓が飛び出そうだったが、予定時刻ぴったりで柴田昌平監督が到着。まるで何事もなかったかのようなひょうひょうとした感じに「さすが、ドキュメンタリーの監督や」と思わざるを得なかった。

 続々と人が集まる。呼び掛けた人、その全員が集まってくれたことに、僕はすでに感動してしまった。

 それぞれに、映画『百姓の百の声』を通じて伝えたいことがあった。農家の生の声を聞いてほしかった。農家の姿を観てほしかった。きっと、わかってくれるだろうと思った。

地域の人たちに観てほしかった

 上映会を開催しようと思ったのは、自分が兼業農家だからだ。多品目野菜を40aと、自分でたくさんの畑は耕せないが、生産者と消費者をつなぐことができる存在だと思う。

 柴田監督が言うように、現場の農家と、マスコミなどを通じて報道される農家像には乖離があるように常々感じていた。たとえば「有機農業」に対して「慣行栽培」という言葉が使われる。だが実際は、教科書や指導どおりの慣行農業をやってる人はいない。それぞれ条件が違う畑と向き合わなければならず、知恵と工夫を凝らしてはじめて農業が続けられる。

 農業に関心がある勉強家の人ほどメディアの影響が強いと思う。仲のいい知り合いの口から「慣行」だとか「有機じゃないといけない」という言葉が出てくるたびに、心がざわざわした。それが面倒で、いつからか農業の話をしなくなった。今思えば、「どうせ伝わらない」と諦めることで自ら「分断」を深めていたのかもしれない。本当は、みんなで協力して町の農業をなんとかしていかないといけないのだ。

 もし、映画をみんなで観ることでこういう悩みがいくらか解消されるなら安いもんだ。クラウドファンディング10万円のリターンに「30人までの上映会開催権」があるのを知って迷わずポチる。10万円は、4a分の丹波黒で稼ぐことにした。

 上映会に招待する30人も厳選した。あえて専業農家は少なめにして、今年から就農する人や飲食店を営む人、役場職員、農協職員、町会議員、地域おこし協力隊などに声をかけた。自分とは考え方が違う人も含めて、「観てほしい映画がある」と、農文協の普及にならって一人一人にお願いしにいった。

上映会。早く店じまいして来てくれた飲食店の方々もいて、みんな真剣に観てくれた

山菜名人・細川さんのパートで泣いた

 上映が始まる。

 心に残ったのは、東日本大震災による原発事故で福島から移住せざるをえなかった山菜名人・細川勇喜さんのパートだった。山梨県に移住した細川さんは、「え、こんなところで!?」と思う国道沿いの畑でタラノキを栽培していた。タラノキを知らない通行人は、この不思議な畑をなんだと思ってるんだろう、と想像すると笑えた。

 細川さんはあまり自分の感情を話さない人だ。福島県に残してきた荒れ果てたビニールハウスを前にしても、「イノシシが入ってるな」「若い頃にすごく高くで買ったんだ」などと事実だけを話すのだが、行間から悲しみや悔しさが滲んでいるようで、涙なくしては観れなかった。

 細川さんの胸中がほんの少しだけあらわれるシーンがあった。移住先の山梨の畑で、偶然、夏にも萌芽するタラノキを見つけた。細川さんはこれを独り占めにするのではなく、全国の農家に知らせたい。「それが、昔からの夢なんだ」と。細川さんは「わかる人には、このすごさがわかるはずだ」と言う。作物や技術を通じて農家はつながっている。

「なんで農家になったかを思い出せた」

 映画が終わり、挨拶をする。これまで抱いていた「農業の話がしにくかった」という思いだとか、上映会のねらいだとかを話すうちに、涙腺が緩み、感情を吐露してしまったので、あまり覚えていない。

 涙を誤魔化すため、会場に来ていたみんなに話をふる。

若梅健司さんのところで出てきた『農家の三つの信念』は、当時、めっちゃええことが書いてある!と思って、ノートに書き写した記憶があります」

 専業農家の吉村聡子さんは若梅さんの本を教科書にトマトをつくってきた。「動く若梅さん」を観てみたい、と上映会に来てくれた。

「なんで百姓やろうかとなったかを思い出しました。まわりが就活してるときも、私はまだふらふらしたくてファームステイを繰り返していた。ある日、ステイ先のおばあちゃんが最終日だからって栗ご飯をつくってくれて、ものすごくたくさんの野菜をくれたんです。そこにはたった1週間しかいなかったのに……。私は農家という存在が好きだったんやな、それで農家になったんやな、と、この映画を観て確信しました」

 夫の次郎さんは「農家の表情と笑顔がすごくいい」と感じたそうだ。「現代人はこんなにいい顔できてないと思う。きっと孤独なんちゃうかな。だから、技術でもなんでも囲い込もうとする。農家は、自然やむらといつも繋がってるから孤独じゃないんやと思う」。

 専業農家の人がおもしろく観られるかは不安だったが、いらぬ心配だったようだ。「次郎さんが、上映会の次の日に突然、倉庫を掃除していましたよ」と後日、聡子さんがこっそり教えてくれた。

吉村聡子さん・次郎さん。約1haの畑でトマトやイチゴ、シロナなどをつくる専業農家

百姓は、なんでも直す人

 小早川勝平さんも話してくれた。古民家をコツコツ自分でリフォームしたゲストハウスを運営しながら、裏山でクリをつくったりしている人だ。

「百姓になりたいなぁと思うんです。なんでもできるほうが絶対カッコイイ。僕の場合はボロボロの農機を買って、修理して、動かして……楽しいなといつも思うんです。もしかしたらクリを栽培するよりも、機械を修理するときのほうが楽しいかも」

「夫は、クリ山も結局、直したかったんやろなと思いました。建物や機械を直すように、荒れてしまったクリ山を直したい。そういうのが夫は好きなんやな」と、妻の真美さんがまとめる。

 都会で生活している時は、自分の暮らしとは関係なく町が変化していった。ところが、農村の景色は自分の手の延長線上にある。6年前にここに移住した僕の場合は、植木屋さんの仕事で町道の草刈りもした。妻のおばあちゃんから借りた耕作放棄田も畑として復活させた。働けば働くほど、気持ちのいい風景が生まれる。農家の醍醐味のひとつだと思う。

小早川勝平さん・真美さん夫妻。ゲストハウスを営みながらクリ山を開拓中(岡部行宣撮影、以下Oも)

技術を惜しみなく公開する、チャレンジし続ける……

「田舎の景色は自分でつくるもの」。だからこそ、危機感を覚える「事件」もあった。

 2020年夏、町内にある一等地の田んぼを埋め立ててスプラウト工場が建つとの話が急浮上した時だ。能勢町は僕の故郷ではないが、それでも、これまで地域住民が一生懸命維持してきた農地が、自分の世代でなくなってしまうのはとても悔しかった。

 そこで僕は、農地の担い手を増やすため、兼業農家を育てる「里山技塾」を21年に開講した。講師はクリ農家の西田彦次さん。2年間で合計40人以上のバラエティー豊かな兼業農家とその候補生が生まれた。

「前日に休日出勤して、仕事を終わらせてきました」と上映会に駆けつけてくれたのは、この里山技塾をこの秋卒業したばかりの田中浩二さん。今年から小さなクリ林を借りて、夫婦で兼業農家になることを決めている。

「映画よかったですね、本当によかった。僕もこれから農家をやりたいと思っていて、里山技塾で勉強し始めたんです。この映画を観て、もう一歩踏み出せた」

 これまで西田さん以外の農家とほぼ接点のなかった田中さんだったが、映画に登場する農家は「みんな西田さんと同じことを言ってはりましたね」。技術を惜しみなく公開すること、常にチャレンジし続けること……。

 後日会うと、「今度、自分で岐阜県のクリ産地にも視察に行くことにしたんです」と言う。映画の中の薄井勝利さんのパートで「切っても茶色くならないリンゴ」を観て、「農業にはこんなことがあるんや」と刺激を受け、勉強熱がさらに高まったそうだ。

田中浩二さん・知恵さん夫妻

「粉もん3家族」の10aの田んぼ

 スプラウト工場の話はその後、立ち消えになったようではあるが、あの一件で火がついたのは僕だけではなかったのだ……ということも、今回、映画を観て久しぶりにみんなと農業の話をしたおかげでわかった。

「じつは私たちもあれからいろいろと考えて、反対するだけじゃダメだと思い、今年から共同で小さな田んぼをやり始めたんですよ」

 パン屋を営む井上幸さんからそんな話を聞けたのは、上映会から数日たってからだった。そば屋さん、ピザ屋さんと一緒に「粉もん3家族」で10aの田んぼをつくり始めたんだそうだ。

「これまでも田植え体験はやったことがあったんですけど、タネから播くのは初めて。こんだけいろんな機械がいるのか、とか、草引きが大変で、そりゃあたくさんやってたら除草剤を使うよね、とか……。それに、映画に出てきた農家さんのように、ご近所さんが手取り足取り教えてくれるんです。見てられなかったんですね(笑)。もっともっとたくさんやれ、と応援してくれています」

 若い人が営む飲食店は、できるだけ地元の食材を使いたいという人が以前から多かった。それが「みんなで農業を考えよう」から一歩踏み込んで、「みんなで農業をやろう」に変わった。なんと心強いことか。

パン屋を営む、井上幸さん(一番右)と、井上家(O)
「粉もん3家族」で始めた田んぼ(O)

タネは自然と芽吹くもの

『百姓の百の声』は点描のような映画だった。農家の声をもとに直線的なわかりやすいストーリーを描くのではなく、あえて点のままにして残しておく。あとは、それぞれの心にある「点」と自由に結んで形にしてください。そんな心意気のある映画だと感じたし、「百姓の声」を心から信じていないとつくれない映画だと思う。

 柴田監督が上映会のとき言っていた。

「この日がひとつの『タネ』になって、みんなといろんな輪が広がって、豊かな地になればいいな、と思いました」

 タネといえば、僕が実際に農業をやってみて最初に驚いたのは発芽率の高さだった。少しくらいバラつきはあっても、播いとけばタネは自然と芽吹くものだ。

(大阪府能勢町)

 『百姓の百の声』上映情報 

11月  5日(土)〜東京・ポレポレ東中野
11月18日(金)〜京都シネマ
11月19日(土)〜大阪・第七藝術劇場
12月  3日(土)〜新潟(上越市)・高田世界館
12月10日(土)〜横浜・シネマ・ジャック&ベティ

以降、全国でロードショー。上映館は公式HPでお知らせします。映画館のない地域では自主上映会の開催もお願いします。

★「百姓の百の声」公式ホームページ
https://www.100sho.info/