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映画『百姓の百の声』制作秘話⑥上映会報告(2)「百姓になった僕」が心にしまってきたもの

新潟・鴫谷幸彦

 11月5日に東京で封切りした映画『百姓の百の声』は、大阪・京都でも盛り上がり、12月3日には、いよいよ百姓国の本場・新潟県上越市での上映が始まった。農家たちはこの映画をどんなふうに観るのか?——自身も10年前にこの地にIターンして農家になった鴫谷しぎたに幸彦さんからの報告だ。

11月27日の「上越★農業映画祭」にてスクリーンに映し出された『百姓の百の声』予告編
11月27日の「上越★農業映画祭」にてスクリーンに映し出された『百姓の百の声』予告編(写真提供:高田世界館 以下、表記のないものすべて)

 不思議な映画でした。

 涙を誘う場面はないのに、涙がこぼれたり、笑うところじゃないのに愉快になったり。農家が発する言葉や表情、そして時折のナレーションが僕の心にスーッと入り込み、忘れていた何かを呼び起こすような感覚を何度も覚えました。

 エンディングロールが終わると、観客から熱い拍手が贈られました。全国でも早々とこの映画の上映を決めた新潟県上越市の『高田世界館』は、現役映画館としては国内最古級。110年以上前の建築で、地域の重要な文化拠点として踏ん張っています。新潟県での初上映のこの日、上越市内だけでなく新潟市や糸魚川市などからも観客が集まりました。中には東京で1回観たというお客さんもいました。

 この日は上映後に、柴田昌平監督と上越の百姓が語り合う舞台トークが企画されました。登壇した百姓3人もまた、農業という仕事に工夫で挑み、心に誇りをしまっている方々。この映画を観て地元の百姓からどんな言葉が聞けるのか、期待でドキドキでした。

上越の3人の百姓が登壇

「私は百姓をしていて、普段畑で考えること、観察することがとても楽しいと感じています。この映画を観て、ああ農家はみんな同じなんだと思いました。作物と向き合って一生懸命工夫している。よし私ももっと頑張ろうかなって思いました」と感想を述べてくれたのは、山岸マサ子さん。上越で一番人気の農産物直売所「あるるん畑」にさまざまな野菜を周年出荷しています。

「種苗法や減反などの政策に対する農家の気持ちとか、農家のいろんな知恵とか工夫とか、一般の報道じゃ感じられない面が取り上げられていて、これはうちの若い子たちにもぜひ観せたいと思いました」と話してくれたのは、高橋賢一さん。柿崎区で農業法人の代表を務めています。若い従業員を集落外からも呼び込み、水稲に加え露地野菜やハウストマトなどの園芸品目も導入しています。

「農家の発する言葉をじかに聞けて面白かった。まるで『現代農業』を読んでいるみたいに技術も映り込んでいたので、あれはいいかも、やってみようかとか、来年の農業のことを考えて観ました」と楽しそうに話してくれたのは、天明てんみょう伸浩さん。27年前に東京から、吉川区川谷という山深い集落に移住。アイガモを使った無農薬の米づくりやブルーベリーを栽培して加工もするなど、新しいことに挑戦してきました。

 観客席にもマイクがまわりました。

「いろんな農家が登場して、頭の中にメモしきれないほど。あの人にもこの人にも、地元のお寺さんにも見せたい!」

「観るたびに新しい発見がありそう。何度か観たい」

「2時間があっという間でした。清友さんのキャラクターがなんとも面白かった。彼の暮らしぶりを見てみたい。農家は趣味の面でも巧みな世界を持っていますから」

「農家のイメージが変わった。もっと保守的な印象だったのが、全然。おおらかだしクリエイティブだしチャレンジング。こんな人たちがいるの?というくらいビックリ」などなど。

 映画の感想だけでなく、自分のことを話し出す農家が多かったような……。とにかく観客まで巻き込んで、大座談会のようになっていきました。

12月3日、高田世界館公開初日。上映後の舞台トーク
12月3日、高田世界館公開初日。上映後の舞台トーク

「百姓仕事が楽しい」ことを、私は人に伝えてきたか?

「百姓の知恵とか、仕事に対する姿勢というものを現場で伝えていくためには、担い手の年齢分布がネックになると思います」という高橋さんの発言から、トークは「担い手不足」に移っていきました。

 映画の中で、農家を継いでもらうには「子供の前では楽しいことだけ話せ」というシーンがあります。それを受けて山岸さんは心の内を話します。

「私には娘が2人いて、今は別の仕事をしています。『農業を継いで』とは言ってきませんでしたが、正直さびしい。私も夫も子供の前で『つらい』なんて言ったことないのですが、娘たちの目には『大変そう』に映ったらしいんです。そりゃそうですよね。娘たちが家にいる時間は、家事と農業が一緒になって忙しかったわけです。でも日中は、じつはマイペースで農作業ができて、おまけに昼寝まで!(笑)」

 山岸さんの畑は車がよく通る交差点の横。交差点で停止する車の中から山岸さんの畑作業を見ている人が多いといいます。「今は農業に興味がある人が多いのかもしれません。直売所も若い世代が盛り上げてくれているのを感じていますから、もっと外に向かって『畑やりませんか?』って積極的に発信したほうがいいのかなあって、最近思うようになってきました」

 高橋さんの農業法人は、映画の横田農場と重なるような取り組みをしてきました。

「うちは年齢や性別に関係なく『共同経営者』です。2年目の社員でも技術担当として作目ごとのリーダーをやってもらいます。彼ら、後輩や友達が仕事を見に来ても『農業は楽しい』って自信を持って話していますよ。私はずっと勤め人でしたから、思ったことが自由にできる農業はいいなと思います。ここの社員だって勤め人ですから、完全に自由ではありません。でもなるべく『短時間に少人数で体をラクに』をテーマに、みんなで考えてカイゼンを繰り返してきました。法人でもやり方次第で百姓的な発想ややりがいは生まれると思います」

 いっぽう手間のかかる山間地で農業をする天明さん、夏は朝4時から夕方は暗くなるまで外仕事をしていると言います。

「これって傍から見たらどう見ても過酷。ブラックですよね! でも楽しいんです。自然も作物も毎日発見があり、見るところがたくさんあるから。映画の中でトマトの若梅さんが言ってましたけど、まさしく『道楽』ですよ。自営の農業は、自分の生き方や家族の形を反映できるからおもしろいんです」

「地域を結び直すのも、結局農業」

 この映画でいま一つ描き切れなかったのが「地域力」だという柴田監督。農業における地域について、質問を投げかけました。

 高橋さんの法人は、集落の農地を集約し生まれました。しかし田んぼを任せた人たちが「もう農業は関係ない」と離れていったとふり返ります。「用水や農道は地域の共有財産なわけですから、本当は協力してほしい。これから若い世代はもっと無関心になり、地域と農業の乖離が進むと心配します」

 そんななか、積極的に若い人材を呼び込んできたことで変化があったといいます。若い女性社員が一生懸命農作業をするのを見て、地域のお母さんたちが応援してくれたり、手伝うようになったり。直売所などで売り切れない野菜を今度は地域のお年寄りにお裾分けする展開も見えてきたそう。高橋さんは「地域を結び直すのも、結局農業」と言います。

 過疎や高齢化を克服しようと挑む川谷地域の現状と未来を天明さんはこう話しました。

「川谷の住民は30年弱で15軒から7軒まで減りました。そのうち5軒はUターンや移住者。地域一丸で移住者の呼び込みに舵を切ったのは10年前、成果が出てきています。映画では国の担い手政策に触れていましたね。川谷には20haの棚田がありますが、国の考えならこれすべて1軒の担い手でやれてしまう。でも地域のことを考えたら、逆に人が増えていくことが豊かさだと思うんです。1haずつ20人の農家がいれば20戸。1haじゃ食っていけないなら兼業です。ユンボも使える土建屋兼業農家、小屋を建てられる大工兼業農家、パン屋兼業農家……。にぎやかで楽しい地域になりますよ」

 盛り上がったトークタイムは、予定時間を大幅に超え終了。監督のサイン会は、次の作品の上映が始まったロビーでヒソヒソと行なわれました。

「これが農家なんだよ」って言いたい

 この映画を観て思い出したことがあります。

「農業のことを自分の言葉で伝えたい」

 百姓に憧れ百姓国に入植した10年前に、心に灯した僕なりの「信念」です。

 しかし実際に農家になってみると、「すごいですね。山に移住ですか」と妙に尊敬され、「農家はいいよね。保護されているから」と批判され、「これからはもっと規模拡大して輸出でしょ」と経営方針まで押し付けられ、どこから説明すればいいのかわからなくなり、自分の思いを心にしまうようになりました。

 この映画に出てくる農家は特別な農家のようでいて、隣の父ちゃん母ちゃんと同じどこにでもいる百姓たちでもあります。彼らの表情一つがこんなにも美しくて、言葉ひとつがなんとも愛おしく感じるのは僕だけでしょうか。これが農家なんだよって、誰かに観てほしくなりました。そしてもう一度、ちゃんと話をしようと思いました。拙くても自分の言葉で、へたくそだけど自分の百姓の話をしなきゃ。10年間ためてきた本当の気持ちが、涙と一緒に次から次へとあふれてきました。

10年前に百姓国に入った僕。近年は山の中の田んぼで小麦にも挑戦中
10年前に百姓国に入った僕。近年は山の中の田んぼで小麦にも挑戦中(依田賢吾撮影)

農家どうしで話す機会も減っている……

 今回、映画を観た人に共通していると感じたのは、「もう一度観たい」「誰かに観てほしい」という思いでした。

 また、上映後に興奮して自分の話を始める農家を見て嬉しくなりました。農家がそれぞれ持っている、個人としての農家力はどうやら健在です。でも農家が少なくなり、農家どうしで話をする機会がうんと減っていることもたしか。この映画は農家の思いを引き出す力があると感じました。今後、座談会とセットで自主上映ができれば、1本の映画では表現しきれないもっと多くの声を引き出せるはずです。

 でも最初の1回は、ぜひ映画館で観てください。

 なぜって。大画面で百姓国の世界に没頭し、まずは自分の心の中の声に耳を傾けてほしいから。そして小農の精神に通じる、全国のミニシアターの上映に敬意を表して。

(新潟県上越市)

高田世界館
高田世界館

明治時代のレトロな趣を残す高田世界館。112年目を迎え、現役で営業している映画館としては日本最古級。高田地区の地域づくりに、また上越の文化拠点としても大切な存在

  『百姓の百の声』全国での上映館情報 

|青 森|シネマディクト:日時未定
|宮 城|チネ・ラヴィータ:2月3日(金)〜9日(木)
|山 形|フォーラム山形:2月3日(金)〜9日(木)
|福 島|フォーラム福島:2月3日(金)〜9日(木)
|東 京|ポレポレ東中野:終了
|東 京|シネマ・チュプキ・タバタ:1月19日(木)〜31日(火)(水曜休) *視覚・聴覚障害者対応上映
|横 浜|シネマ・ジャック&ベティ:終了
|群 馬|シネマテークたかさき:日時未定
|愛 知|名古屋シネマテーク:12月24日(土)〜1月13日(金)
|長 野|長野相生座・ロキシー:1月20日(金)〜2月2日(木)
|新 潟|シネ・ウインド:日時未定
|新 潟|高田世界館:終了
|京 都|京都シネマ:終了
|大 阪|第七藝術劇場:終了
|大 阪|シアターセブン:終了
|岡 山|円◎結(シネまるむすび):2月17日(金)〜20日(月)、24日(金)〜27日(月)
|広 島|横川シネマ:12月23日(金)〜
|広 島|シネマ尾道:日時未定
|山 口|萩ツインシネマ:日時未定
|山 口|YCAMシネマ:日時未定
|大 分|シネマ5:終了
|佐 賀|シアター・シエマ:日時未定
|熊 本|Denkikan:1月27日(金)〜
|鹿児島|ガーデンズシネマ:1月28日(土)〜2月3日(金)

*今後も順次追加があります。最新情報は公式ホームページで確認ください。
*映画館のない地域では、自主上映会の開催もお願いします。

★「百姓の百の声」公式ホームページ
https://www.100sho.info/

奇跡の集落

農文協 著

新潟県十日町市の池谷集落は高度経済成長の流れで急激に人口が減少、中越地震によって6世帯13名になり、誰もが廃村を覚悟した。しかし、震災ボランティアとの交流を通じて若い移住者が徐々に増え、11世帯23名まで盛り返している。住民皆で将来ビジョンを掲げて一歩一歩地道な活動を行ない、限界集落を脱却した実話と再生のノウハウをまとめた本。元地域おこし協力隊で集落への移住者である著者の視点からまとめるが、地元リーダーである山本浩史さんのロングインビューや住民から聞き取りもふんだんに盛り込まれている。