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映画『百姓の百の声』制作秘話⑤農外の人たちへアピール

 いよいよ2022年11月5日、東京の東中野で映画『百姓の百の声』が封切りした。連日、多くの人が映画館を訪れ、初めて聞く「百姓の声」に感動している。東京なので、観に来る人は農家とは遠い存在の人が多いのだが、誰しも心のどこか奥底に「農家性(百姓性)」のようなものを潜ませており、それがこの映画で揺さぶられている……ようにも見える。

 この映画をより広い世界の人たちにもっともっと届けるために、著名な方々から感想やコメントを寄せてもらった。今回は、京都大学の藤原辰史さんと、作家の梨木香歩さんのコメントを掲載する。どんな映画か、農家の立場から読んだとしても、期待が高まるのではないだろうか?

藤原辰史さん から
(京都大学人文科学研究所准教授)

 ようこそ、百姓の国へ。もうあなたは恐れる必要はない。ここの住人たちは、なんでも知っている。自然のことも、機械のことも、防虫方法も、世界情勢だって。どこかの大学の教授みたいに「私の専門ではありません」とケチくさいことは言わない。あなたに惜しみなく、とっておきの知識を教え、知恵を授けてくれるおおらかな人たちだ。この国では、企業スパイを警戒し、コンピューターウイルス対策に大枚を叩く必要もない。

 百姓の国の住人たちは、あなたのたった一度かぎりの人生が楽しくあることを祈っている。あなたの一度かぎりの人生を満たす食べものの作り方を、地球上すべての人に公開している。そもそもの度量の桁が違う。スパイにだって教えてもかまわない。なぜなら、百姓の国の住人たちの背後には、何千年も蓄えられた知識が控えているから。腕に自信があるのだ。ちょっと情報を盗んだくらいで真似できるようなレベルの仕事をしていない。目先の利益を得るために億単位の金を動かすような、スケールの小さなことに人生を賭けはしない。50年先の利益のために仕事をするスケールの大きな人たちの集まりだ。

 この映画は、あなたの人生を変える方法を教えている。仕事は道楽であっていいという。仕事を楽しむための工夫が楽しくてたまらない人たちを撮った楽しい映画だ。こんな楽しい顔の人を山手線で見たことがない。あなたを生かす未来は、暮らしと仕事の速度の上昇にはない。地位と名誉の獲得にもない。相手を出し抜き、昇進レースに勝つために、あなたの人生が存在するのではなく、あなたが存在することが誰かを喜ばせることこそ、あなたの人生の出発であったことを思い起こさせてくれる。貧しく生きろ、という映画ではない。溢れんばかりの豊かさを享受せよ、と出演者たちは私たちに示している。

 百姓の国は、いつでも国民募集中だ。国籍も性別も資産も受験能力も一切問わない。あなたの前に、この国の門はあたたかく開かれている。

梨木香歩さ から
(作家)

『百姓の百の声』を観ながら、今まで断片的にしか耳にしてこなかった農家に対する政府の施策―減反政策、担い手政策、種苗法改定等―が、まとまりを持ったものとして浮かび上がってきた。すなわち、大国の都合への忖度、効率と大企業の利益重視の政策。同時に、何千年も続いてきた百姓たちの行動規範は、そういう国の政策とは、水と油のように違うものなのだということも。

 そのような百姓たちの「生きる知恵と哲学」を、長年彼らと親密に付き合ってきた農文協の編集者たちは「農家力」と呼ぶ。短期決戦志向の、新自由主義的な、深みのない、行き当たりばったりの思いつきが、大地に立脚した思想に裏打ちされた(自分の代だけではない)長期的な見通しに立った努力を、無惨にも簡単にぶつ切りにしていく。不条理のあまり、馬鹿馬鹿しくてやってられないと離農されても仕方がないところを、そこでこらえて別の可能性を探し出す。彼らのいう「農家力」とはそういうことだろう。

 そもそも日本の国は太古の昔から圧倒的に百姓が多かったのであって、ということはつまり、そういう理不尽にもへこたれない精神力を備えた農家力は、そのまま日本という国の底力そのものだったのではないか。今、国の力がどん底に落ち込んでいるとき、この農家力こそ私たちのそれぞれが思い出し、蘇らせ、奮い起こさねばならないものなのではないだろうか。

 暮らしを少しでも楽にしたい。仲間と励まし合う関係を築きたい。自分の理想となるいい作物を作りたい。消費者に喜ばれたい。そういう数限りない目的を同時に持ち続けて目的間のバランスをとりつつ走り続ける(一つ一つの目的のなかにもまた、それを達成するための小さな目標群があり、その優先順位が条件によって即座に変わる)。今、農から離れてしまった多くの人びとにも、いや、そういう人びとにこそ、簡単にはくじけない農家力の賦活化が必要とされている。

 百姓国で語られる言葉に、耳を傾けずにはいられない。

ポレポレ東中野では、上映後に監督と当場農家がゲストトーク。
ポレポレ東中野では、上映後に監督と当場農家がゲストトーク。この日は横田農場の横田修一さんが駆け付けた

 『百姓の百の声』全国での上映館情報 

|青 森|シネマディクト:日時未定
|山 形|フォーラム山形:日時未定
|東 京|ポレポレ東中野:22年11月5日(土)〜
|横 浜|シネマ・ジャック&ベティ:22年12月10日(土)〜
|群 馬|シネマテークたかさき:日時未定
|愛 知|名古屋シネマテーク:22年12月24日(土)〜
|長 野|長野相生座・ロキシー:23年1月20日(金)〜2月2日(木)
|新 潟|シネ・ウインド:日時未定
|新 潟|高田世界館:22年12月3日(土)〜
|京 都|京都シネマ:22年11月18日(金)〜
|大 阪|第七藝術劇場:22年11月19日(土)〜
|広 島|横川シネマ:22年12月23日(金)〜
|広 島|シネマ尾道:日時未定
|山 口|萩ツインシネマ:日時未定
|山 口|YCAMシネマ:日時未定
|大 分|シネマ5:22年12月17日(土)〜23日(金)
|佐 賀|シアター・シエマ:日時未定
|熊 本|Denkikan:日時未定
|鹿児島|ガーデンズシネマ:日時未定

*今後も順次追加があります。最新情報は公式ホームページで確認ください。
*映画館のない地域では、自主上映会の開催もお願いします。

★「百姓の百の声」公式ホームページ
https://www.100sho.info/

主な登場人物を紹介

映画に登場する農家は、『現代農業』の誌面にもたびたび登場しています。
顔写真をクリックすると、その農家の記事一覧をルーラル電子図書館でご覧いただけます。

食べるとはどういうことか(かんがえるタネ1)

藤原辰史 著

藤原辰史さんは、人間をチューブに見立てたり、台所や畑を含めて食をとらえるなど、「食べる」ということをめぐって斬新な視点を提供している。本書では、「食べる」ということをめぐる3つの問いを軸に、中高生とともにその本質に迫っていく。そのなかで、現代というのは、じつは、食べる場と作物や動物を育てる場(動物を殺す場含む)が切り離された社会であることが浮かび上がってくる。それでは未来の食はどうなっていくのか。藤原さんと中高校生の白熱した議論を臨場感たっぷりに再現する。