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映画『百姓の百の声』制作秘話③ナレーションは3人の「農業女子」

柴田昌平

スタジオ録音の日

「農業女子プロジェクト」でオーディション

 映画『百姓の百の声』のナレーションは、3人の「農業女子」です。映画前半のナレーションを担当したのは、群馬県のコンニャク農家・遠藤春奈さん。中盤は、埼玉県で食用バラを栽培する田中綾華さん。そして終盤は、茨城県で大規模に米づくりをする横田さちさん。

 そもそもは、この3人に決まっていたわけではありません。映画『百姓の百の声』に女性のナレーションを入れたい、でもアナウンサーや女優さんにお願いするのではなく、農家の現場をよく知る人に頼みたかった―――そこで、農水省の農業女子プロジェクトに相談し、登録している全国約800人の女性たちに「ナレーターを募集します」とメールで告知させてもらったのです。

 次の文章が、農水省から農業女子たちに流してもらったメール文章です。

 今回の映画は、全国のいろんな『百姓』の小さな声と営みに耳を傾ける中で、『見たことがない世界』(by映画館支配人)に接し、農業の輪郭が見えてくるというスタンスです。であれば、女優に頼るのではなく、『アナウンサー』でもないと感じています。農家の女性が、仲間の農家のことを紹介しながら語ってくれる、というトーンがベストだと考えています。『農業女子』のなかにきっと語れる人がいるように思いました。プロのような語りをする必要はない、静かに、隣の人たちに伝えるように語っていただきたいのです。(語りの指導は、僕ができます)8分ほどのトレーラー(予告編)がありますのでご覧ください。
https://youtu.be/D9UV6_5CFPA

なんと52人も応募が来た!

「いい人が応募してくれたらいいなあ。でも800人以上にメールしても、せいぜい4〜5人の応募が来ればいいほうかな」ぐらいに思っていました。しかしフタをあけてみたら、応募者はなんと52人。僕もプロデューサーもびっくり仰天! 嬉しい悲鳴です。そこで、朝9時30分から夜11時過ぎまで連日、オンラインでオーディションを行なったのでした。

 オーディションといってもピンと来ない人が多いでしょうから、参考までに具体的なプロセスをご紹介します。

 使ったのはZOOMというオンライン・ミーティング・システム。1回35分以内なら無料で使えます。

ZOOMでオーディション
上は吉瀬りえさん。「食のことを根本的に考えたい」と夫とともに和歌山に移住し、ブドウ・ミカン栽培。東京にいるときはウェザーニュースでキャスターを務めていた。夫は東大農学部卒。下は僕です

 ひとりあたり、オーディション時間は20分としました。20分間のうち、最初の10分は、その方がどんな農業に取り組んでいるのかのインタビュー、後半10分は僕が用意した台本に基づいて音読の指導をします。その台本は今回の映画本編の一部で、93歳のトマト農家、若梅健司さんをめぐる2分30秒ぐらいの内容(下)。

若梅健司(わかうめ・けんじ)さん、93歳。

日本のトマト栽培の開拓者で、画期的(かっきてき)な栽培法をつぎつぎと考案し多くの人に伝えてきました。

2019年の台風で、若梅さんのビニールハウスは倒壊。しかし91歳にして、最新式のハウスに建て直しました。
若梅さんは90歳を迎えたとき、自分の人生を振り返り、文章を農文協(のうぶんきょう)に送ってきてくれました。

農業を始めた時に持った「三つの信念」
一(ひとつ)、己の職業を道楽と思え
一(ひとつ)、記録を取ること
一(ひとつ)、絶えず新しい技術に挑戦すること

 なぜこの文章を選んだかというと、若梅さんの三つの信念は、すべての農家に共通する原則だと思ったからです。オーディションを受けた女性たちで若梅さんのことを知っている人はだれもいなかったのですが、オーディションを終えたあと、「短い文章でしたが、農業に対する信念に感動しています。シンプルであたり前の三つですが、初心者である自分にはとてもありがたい言葉です」(北海道・山内ショウさん)というようなメールをたくさんいただきました。

不満・自信・もどかしさ

 「農業女子」―――20代から70代まで幅広い女性たちですが、インタビューしながら気づいたことがいくつかありました。多くの女性たちが指摘していたのが「農業は好き、でも農業社会は男尊女卑で嫌い」などバックグラウンドをめぐる不満が少なからずあること。一方で、そんな状況をはねのけて頑張ってきたという自信です。和歌山県の垣淵浩子さんは、「みなべ町のウメ農家に嫁いで30年以上。3.5haのウメ畑で生産してます。最初は『嫁』でしたが、この地域で初めて二世帯住宅を建て、最後は企業化して私が社長になりました」と、長い人生の積み重ねのなかで自分らしい農園を創り上げていった軌跡を語ってくれました。「私はウメの神様に見そめられている」という誇りある言葉とともに。

「こんなにおもしろい農業、人にちゃんと伝えたいから」

 もうひとつ、農業女子の皆さんに共通していたのは、「農業って、消費者にまったく理解されていない。みんなタネを播けば次は収穫だと思っている。実際はその前後にどれほどの努力をしているのかを消費者に知ってほしい」という、生産現場の実態が消費者に伝わらないもどかしさでした。お客さまに農業体験に来てもらっても、結局は収穫のときなど、大きな流れのごくごく一部を味わってもらうだけ。また農業女子の多くはテレビの取材を受けた経験がありましたが、「テレビ取材は、局に都合のよいところだけ切り取られるだけ」と口々に言っていました。

 農家の知恵と努力を知ってほしいけど、伝えられないでいるもどかしさ……。彼女たちが映画『百姓の百の声』に期待しているのは、まさに農家の知恵と努力を、農業を知らない人たちに伝えてほしいということだとも、インタビューを通して確認できました。

 神奈川県で果樹・野菜をつくる島田馨子さんは言います。「15年の会社勤めから農業に転職してもうすぐ7年になります。すごくおもしろいことが多く、魅力ある産業なのに、それをなかなか一般のみなさんに伝えることができていないので、自分の実感をこめて、届けるお手伝いができたらと思います。まわりの農家のみなさんの一部にも、もはや農業に未来を感じられないと落ち込んでいる人も少なくなく、そういった人にも改めて元気になってほしいと日頃から強く感じています。一方で、興味をもって体験や就職希望で訪ねてくる方もこのところとても増えているので、発信すれば、きっと反響が大きいのではないでしょうか。こういった映画を作っていただけるのは、農業者として本当に嬉しいです。たくさんの方に観てほしいですね!」

 農水省の農業女子プロジェクトは、かっちりした組織ではなく、メンバーもさまざま。自然農もいれば、いわゆる慣行栽培の人もいる。6次産業化をめざす人もいるし、儲けは考えず作物と向き合うことを楽しんでいる、という人もいます。

 でも共通するのは、農業は楽しいし、農業の魅力を多くの人に伝えたいという熱意。それは、生まれながらの農家ではなく、結婚や何らかの事件(個人的なこともあれば、東日本大震災で食の安全を考えるようになったという人も多かった)で就農した人も多く、外側の目と内側の目の両方で「農」を見つめることができたからかもしれません。いろんな違いを超えて「百姓」として連帯していく意識がありました。『百姓の百の声』は、彼女たちの期待にしっかり応えるものとなっていると自負しています。

本当は8人くらい合格させたかった……

 さて、結末をお伝えしましょう。先述のように、オーディションではインタビュー10分の後、ひとり10分ずつ音読指導をしました。ポイントは三つで、①頭の中に情景を思い浮かべること、②語尾に気を付けること(語尾がどうしても上がってしまう人が多かった!)、③慌てないこと。

 その後、彼女たちはそれぞれ三つのポイントを意識しながら自分で練習し、スマホに朗読を録音し、僕に送ってくれます。おそらく皆さん、ものすごく練習したのでしょう。オーディション時はけっして上手でなかったのに、見違えるほど見事な朗読を録音してくれる人がたくさんいました。

 僕は迷いました。「8人ぐらい合格させたい」と思うようになってきました。それぞれに魅力があるからです。面接して、それぞれの人生についてインタビューもしているので、僕は感情移入もしています。しかし、そこは冷静なプロデューサーが、純粋に声だけを聴いて判断。その結果、3人に絞りこんだのでした。

 落選を伝えたときに皆さんからいただいたメールには、「結果は残念でしたが、いろいろと学ぶことがあり、よかったです。映画がたくさんの方に見てもらえることを、応援しています」(埼玉県・田島友里子さん)など、「転んでも、ただでは起きない、学んで吸収する」という百姓魂にあふれたものが多く、僕はとてもありがたく思いました。

 映画『百姓の百の声』、ご覧になるときは、声にも注目してみてください。そんじょそこらの女優さんより立派で、かつまるで近所のお百姓さんを紹介するかのような温かみもあります。

(映画監督=プロダクション・エイシア)

遠藤春奈さん(群馬県・コンニャク農家)
映画前半のナレーションを担当

 若いころニューヨークに美術の勉強で留学し、英国で日本語教師として働くなど、海外経験が長く、TV番組制作会社のADだった夫とも旅行先のバルセロナで出会って結婚。妊娠中、夫が「農家になりたい」と言い出し、2005年4月、夫の実家がある群馬県に移住。義父の知人でコンニャク農家をやめる人から畑を借り受け、農機具も譲ってもらって就農。2014年には親戚の加工場を引き継ぎ、パートも雇用し、6次化をスタート。群馬県産の果実を使ったコンニャクジェリーなどの商品化を進めている。ニューヨークのスーパーマーケットなど海外への販路拡大にも挑戦。

田中綾華さん(埼玉県・食用バラ農家)
映画中盤のナレーションを担当

 東京で生まれ、大学を2年次に中退して大阪の食用バラ農家で修業。「あまりに多くのことを一気に学びすぎたため、当時の自分がどんなだったのか、まったく思い出せない」とのこと。2015年に独立し「“食べられるバラ”を通して世界中の女性を美しく、健康に、幸せに」を理念にROSE LABO株式会社を設立。“食べられるバラ”の栽培、加工食品や化粧品などを商品開発。「6次産業の農家」として、講義、セミナー、農業コンサルティングなども行なう。

横田祥さん(茨城県・稲作農家)
映画終盤のナレーションを担当

 福岡県で生まれ、非農家で育ち、大学在学中に農家出身だった夫と出会う。壮大な自然の風景に、「こんなすがすがしいところで仕事ができたら素敵」と思い、夫の実家・横田農場へ就職。初めての仕事は春の田んぼで、突然湧き上がる無数の生き物の気配に驚いた。子どもたちに田んぼの現場を体験してもらいたいと「田んぼの学校」を開始。現在は、国内産米粉促進ネットワークの常任理事として、米粉料理教室の講師も務める。また、農業女子仲間と「農業は楽しい!」を子どもたちへ伝える絵本『おいしいまほうのたび あさごはんのたね』を製作。絵本の読み聞かせ会を通して農業の魅力を地元の子どもたちに直接届ける【AGRI BATON PROJECT】をたちあげた。6人の子供の母で、田植え機も乗りこなす、たくましいお母さん。

 『百姓の百の声』上映情報 

2022年11月5日(土)より東京・ポレポレ東中野にて公開
ほか全国順次公開予定
最新の情報は映画『百姓の百の声』公式サイトをご覧ください。

★「百姓の百の声」公式ホームページ
https://www.100sho.info/
★クラウドファンディングサイト ※募集は終了しました。
https://motion-gallery.net/projects/100sho

著者紹介

柴田昌平 しばた しょうへい

ドキュメンタリー映像作家。代表作に『ひめゆり』『千年の一滴 だし しょうゆ』『森聞き』など。プロダクション・エイシア代表。