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不耕起、カバークロップが広がるアメリカ農業 『実践ガイド 生態学的土づくり』より(全文掲載)

農文協では2023年11月に『実践ガイド 生態学的土づくり』という翻訳書を発売しました。この記事は、その翻訳者である山田正美さん((一社)日本生産者GAP協会)による本の内容のご紹介です。

山田正美

クリムゾンクローバのカバークロップに溝を切って播種する「緑植え」
クリムゾンクローバのカバークロップに溝を切って播種する「緑植え」

日本の農家に読んでほしい

アメリカにおける持続型農業について興味があり、インターネットでいろいろと調べていたところ、『Building Soils for Better Crops(第4版)』というすばらしい土づくりの本が2021年に出版されていることを知りました。

内容を見ると、持続的な土づくりに関して、過剰な耕起の問題点、土壌有機物やカバークロップの重要性などを科学的な根拠を示しながら農家にもわかりやすく書かれていました。

この本はメリーランド大学に活動拠点を置くSARE(サーレ)という団体が発行したものです。SARE は、米国農務省の資金提供を受けており、研究者や普及員を通して最新の持続可能な農業技術を農家に幅広く推進している団体です。さっそく原著を取り寄せ、内容を見て、これは日本の農家はもちろん、農業関係者に広く日本語で読んでもらう価値があると判断し、SAREと連絡をとり、日本語翻訳の許可を得て本書の発行となりました。

なぜアメリカで持続的農業が拡大?

近年、アメリカではカバークロップの利用や不耕起栽培が進んでいます。その背景には、土壌が大きく劣化した過去への反省があります。

その一つは1930年代のプラウ耕によるダストボウルと呼ばれる砂嵐(風食)。もう一つは1960年代からの農業近代化による機械の大型化、化学肥料の多投などによる土壌劣化であると考えられています。

▼プラウ耕による大砂嵐

アメリカの肥沃な草原地帯を開拓し、農地を拡大していった1930年代に大きな役割を担ったのが、鍛冶屋のジョン・ディア(アメリカの大手農機具会社の創始者)によるプラウ(撥土板)の開発です。

プラウは一度動かし始めると効率よく土壌をどこまでも反転して耕すことができるので、大平原の草地や森林を大規模に効率よく耕作地に変えていくことができました。プラウ耕によって、長年かけて草原土壌に蓄積された有機物が一時的に分解されることにより、養分が放出されて作物の生育がよくなり、多収に結びついたのです。

しかし次第に土壌有機物の減少や土壌表面の露出から風食や水食が問題化。特に干ばつの年に強い風が吹くと乾燥した表土が舞い上がり、ダストボウルといわれる大規模な砂嵐が多発したのです。特に細かい土壌粒子はアメリカ大陸中央部の大平原地帯からニューヨークやワシントンまで飛ばされ、東海岸の住民も大陸の中央部で起きている環境災害を直に意識することになったのです。この大災害をきっかけに、土壌管理の見直しが本格的に始まり、具体的な指導に活かす技術が多く開発され始めました。アメリカの持続的農業の原点は、このダストボウル対策であるともいえます。

▼機械の大型化、化学肥料の多投で生産が不安定化

土壌劣化のもう一つの原因といわれる農業の近代化は、トラクタなどの農業機械の大型化、化学肥料や除草剤等の多投を招きました。養分が足りなければ化学肥料を施用し、病気や害虫が発生すれば農薬を散布し、土が硬くなれば耕起し、雨を十分に溜められない土壌であれば灌漑すればよいという問題解決が図られるようになってきました。その結果、短期的に収量増加しても、長期的に見ると安定せず、マイナスが多いことが徐々に理解されるようになってきたのです。

生態学的土づくりとは、例えば草原の植生に学ぶこと

本書では、地道な科学的研究結果の積み重ねによって得られた生態学的手法を用いた土づくりが解説されています。

生態学的土づくり手法といっても何も難しいことはなく、基本は自然の営み、例えば何百年と続いている草原の植生などにその解決方法を見出すことができます。草原は機械で耕起されなくても有機物を蓄積し、多様な土壌生物を育み、十分な水を保持できる団粒の多い膨軟な土壌を形成し、必要な養分を供給する能力を持っています。
以下に本書で紹介されている実践内容の一部を紹介します。

ローラークリンパーと不耕起播種機

ローラークリンパーを使ってカバークロップのマットを作ったすぐ後に播種する
ローラークリンパーを使ってカバークロップのマットを作ったすぐ後に播種する

本書には本誌でもよく紹介されているローラークリンパーという機械を使った不耕起播種の方法が記載されています。この方法は不耕起で作物栽培を容易にする革新的なものです。

上の写真のように、不耕起栽培で雑草を抑えるため、一年草または冬作物のカバークロップを、特別に設計された重いローラークリンパーで転圧してマット状にし、その上に種子を播いたり、植え穴をあけたりして移植を可能にするものです。

カバークロップのマルチがうまく雑草を抑えるためには、ローラークリンパーでカバークロップを倒す前に、カバークロップが大きく生長している必要があります。生殖生長の初期段階を過ぎていれば、枯れて雑草を抑えることができます。ただし、完熟した種子ができてしまうと、こぼれて次の作物の雑草となる可能性があるため、種子が完全に成熟する手前の状態でなければならないとしています。

生育中のカバークロップに「緑植え」

また、活発に生育しているカバークロップの中に作物を不耕起で植える「緑植え」という方法も紹介されています。従来は作物の植え付け2~3週間前にカバークロップを刈り倒すか除草剤で枯らしていましたが、緑植えではカバークロップを生育させたまま、そこに播種していきます。抑草やチッソ供給などのカバークロップの恩恵を最大限受けることができるようになり、特に生育が遅い冷涼な気候の地域では効果が大きく出ます。

緑植え栽培はまだ比較的新しい手法ですが、カバークロップの生育延長と播種機の細部に十分な注意を払えば、よい結果を得ることができるとしています。

カバークロップ導入で経営改善

カバークロップを取り入れている全米の農家調査から、とても面白い結果も紹介されています。この調査は、2012年から毎年(18~19年を除く)実施されているもので、カバークロップを植えた場合の収量は、平均してすべての年で高くなっています。

もっとも顕著だったのは干ばつ年の12年で、ダイズとトウモロコシの収量はそれぞれ12%と10%増加しました。19年の多雨年では顕著な収量増加は見られなかったのですが、それでも平均でダイズは5%、トウモロコシと小麦はともに2%の増加でした。また、19~20年の調査では、栽培している作物にもよりますが、除草剤コストは32~71%の節約になり、肥料コストは41~53%の節約になったと報告されています。不耕起とカバークロップによって、草原土壌のように土に十分な水が保持され、養分を供給できるようになったことが推測されます。

調査に参加した農家は、平均して過去4年間でカバークロップに充てる圃場面積を38%増やし、個々のニーズに合わせて様々なカバークロップを使用していました。
本書には全米各地の個別農家等の事例も紹介されています。その中の一つには日本でもよく知られているゲイブ・ブラウンさん(NHK出版から翻訳出版された『土を育てる』というベストセラー本でも有名)の事例も含まれています。

本書は生態学的な土づくりに関する他に類を見ない実践的なガイドブックです。土とは何か、有機物の重要性などの詳細な背景とともに、カバークロップ、家畜糞尿、堆肥などを用いた土づくりの実際について基礎から応用まで段階的な情報を提供しています。農家、新規就農者のみならず、学生や普及員、研究者、あるいは持続的農業に興味のある市民がいつでも調べられるよう手元に置いておきたい一冊です。
(一般社団法人日本生産者GAP協会)

実践ガイド 生態学的土づくり

フレッド・マグドフ 著/ハロルド・ヴァン・エス 著

山田正美 訳

日本生産者GAP協会 編・発行

米国といえば大規模大型機械化農業が主流だが、風雨で表土が流される土壌流亡や干ばつ害が問題となっている。その米国で進む不耕起、カバークロップなどの動きをとらえた、持続可能な土づくりガイドの翻訳書。土壌流亡や干ばつ害は大型機械による集中的耕起が一因であると考え、耕さず(あるいは耕しすぎず)、地表面を緑肥などで覆う土壌管理などについて、試験データと農家事例で解説している。科学的な根拠にもとづいて実践方法が学べるため、米国で農家・指導者・研究者向けの必読書とされている。

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