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【大地の再生】第1回 溝と点穴で、弱ったミカンが甘く回復

大内正伸(絵と文)

大地の再生

2023年1月に、矢野智徳・大内正伸著による『大地の再生』が発売され、おかげさまで好評につき増刷が決定いたしました。現代農業WEBでは、現代農業2018年10月号~2019年2月号に連載された「空気と水の流れをよくして大地の再生」(全5回)および、季刊地域2021年夏・秋号「大地の再生」について期間限定で公開します。ぜひご覧ください。

ミカン農園で解説する矢野智徳氏。参加者に若い人や女性が多いのも「大地の再生講座」の特徴
ミカン農園で解説する矢野智徳氏。参加者に若い人や女性が多いのも「大地の再生講座」の特徴

 全国各地で行なわれている「大地の再生講座」が熱い。「地上・地下の空気と水の流れをよくし、植物の力を借りながら環境を改善する」。それを現場で作業しながら学ぶ講座だ。

 フィールドは小さな庭から屋敷周り、農地や山林・奥山の自然――とさまざまだが、空気と水は外部の環境に「脈」としてつながっているために、小さな改善はやがて周辺環境へも影響を及ぼしていく。

土中の空気の動きが重要

 講座を主宰する矢野智徳《やのとものり》氏は1956年生まれ。実家は福岡県北九州市の植物園。大学で自然地理を専攻し、その後全国を放浪する。造園業に向かう前に、高度成長時代の重機とコンクリートに破壊される寸前の原自然、その残照を見ることができたのは、氏の思想・手法の形成に大きな影響を与えたにちがいない。

 矢野さんは自らの造園業の中で、植栽木を枯れさせないためには水はけが重要だが、「空気が動かないと水は動かない」という事実に気づく。いくら肥料や水を与えても、地中の空気が動かねば植物は元気にならないのだ。

 そのためには根の周りに溝や穴を掘ってやればよい(畑のウネ溝も同じ)、掘ることで側面から大気圧に押された空気が出入りする。雨もそこから浸透し、溝を伝って下流へ流れる。

ミカン農園の試験的施業

 三重県熊野市にある「金山パイロットファーム」は36haもある温州ミカンの栽培農園だ。周囲の山を切り開いて農園を作ったのは50年前、15年ほど経って二次造成をしたそうだ。その農園の一部(約20a)を昨年7月に、試験的に「大地の再生」手法で手を入れた。

 緩斜面に広がる農園には直線の農道とU字溝がつけられている。秋の長雨で糖度が上がらないので、マルチをして自動かん水(液肥も入れている)しているのだが、数年前から枯れ始めた木が出ているということだった。農園全体が直線的で現代的な土木構造物となっており、その開発とともに水脈が傷んできたのだ。

 筆者は今年4月に行われた2度目の講座に参加した。今回は三重県関係者の他に自然農でミカン栽培をされている方々も来られ、やはり「収量がかんばしくない」「木が枯れ始めている」という体験談が話された。

 前回は農道や管理作業道に「通気浸透水脈」としてコルゲート管や有機物を入れた。その効果で硬く乾燥していた土が軟らかくなっている。しかし、昨年秋に600mmという雨が降り、いくつか水脈溝や点穴が埋まっていた。

「溝」と「点穴」の作り方

溝にコルゲート管を打ち込む参加者。共同作業をしながら仕事を覚えていく
溝にコルゲート管を打ち込む参加者。共同作業をしながら仕事を覚えていく
溝や穴には炭と竹がたくさん使われる。使い道もなくて厄介な枝葉も有効活用される
溝や穴には炭と竹がたくさん使われる。使い道もなくて厄介な枝葉も有効活用される

 矢野さんはまず重機で前回埋めたコルゲート管の溝を掘り直す。小型重機の先はバケットではなくブレーカーが付けられている。

 これで土に深さ30cmほどの溝を切り、後続の作業班が剣スコップでV字の溝を掘り起こしていく。これがいつものやり方だ。溝の中には他に炭、竹の幹、竹の枝葉などが入っている。それを新しいものに入れ替える。

 この農園のミカンの木は5本植えが一区画の幅で、等高線上に作業道がある。これに対して今回の矢野さんの処方は下図のようなものである。

溝と点穴をつけた位置

図

 空気と水の停滞は面と面が違う角度でぶつかる「斜面変換点」でよく起きる(土圧がかかるため)。今回のフィールドでは作業道の山側がそれに当たる。そこで作業道に沿って溝を掘りコルゲート管を入れていく。

 作業道の谷側の変化点には「点穴」と呼ばれる30~40cmほどの深さの穴を1~1.5m間隔で穿っていく。これは縦に空気を通す役目をし、また雨のときの泥だまりになる。点穴には放射状に竹を置いて土留めと水・空気のガイドとするが、今回は効果を高めるために短く切ったコルゲート管を中央に立てた。

ブレーカーで溝を掘るのが矢野さんのスタイル。岩盤に当たっても溝切りできる
ブレーカーで溝を掘るのが矢野さんのスタイル。岩盤に当たっても溝切りできる
なだらかな傾斜のあるミカン園に直線的な作業道が走る
なだらかな傾斜のあるミカン園に直線的な作業道が走る

点穴の作り方

図

溝の作り方

溝の作り方

水と空気を動かす木の根のネットワーク

 点穴で空気の出入り口を作ることで、斜面下のコルゲート管への通水がよくなり、その結果ミカンの根が細根を発達させる。実際、点穴を作った後で、下の溝を掘り始めたとき、断面の切り口から水が浸み出してきた。矢野さんに聞いてみると、上の点穴がなければ水は出てこないだろう、と。

 大地への細やかな働きかけで、さっそく水と空気が動き出す。ミカンの根のネットワークが、土中の水と空気の通路になっていることを鮮やかに実感した瞬間であった。

金山パイロットファーム 雨量と土壌水分の変化

水分の変化
斜面変換点に溝を掘ると、上の点穴から空気と水の流れができて、水が浸み出てきた
斜面変換点に溝を掘ると、上の点穴から空気と水の流れができて、水が浸み出てきた

*月刊『現代農業』2018年10月号(原題:溝と点穴で、弱ったミカンが甘く回復)より。情報は掲載時のものです。

ルーラル電子図書館で取材ビデオを公開中
取材ビデオを期間限定で公開中です。「スコップと草刈り鎌でできる裏山の防災」
【動画】スコップと草刈り鎌でできる裏山の防災「点穴」の作り方(『季刊地域』取材ビデオより)

*今号のオススメ動画は画像をクリックするとルーラル電子図書館へ移動します。

\新刊情報/

「大地の再生」実践マニュアル

空気と水の浸透循環を回復する

矢野智徳 著
大内正伸 著
大地の再生技術研究所 編
定価2,860円 (税込)
ISBNコード:9784540212390

造園技師・矢野智徳氏が長年培ってきた環境再生の考え方と手法を、広く・濃く伝える決定版。
「空気が動かないと水は動かない」―独自の自然認識をもとに提唱する新たな「土・木」施工。その手法を、ふんだんなイラストと写真でわかりやすく解説。身近な農地、庭先、里地・里山から始める環境再生技術。

著者

矢野智徳(やのとものり)1956 年、福岡県北九州市生まれ。合同会社「杜の学校」代表。
1984 年、造園業で独立。環境再生の手法を確立し「大地の再生」講座を全国で展開しながら普及と指導を続けている。クライアントは個人宅や企業敷地ほか、数年にわたる社寺敷地の施業も数多い。近年の活動では宮城県仙台市の高木移植プロジェクト、福島県三春町「福聚寺」、神奈川 県鎌倉市「東慶寺」のほか、災害調査と支援プロジェクトとして福岡県朝倉市、広島県呉市、愛媛県宇和島市、岡山県倉敷市、宮城県丸森町、千葉県市原市などに関わる。
 拠点となる山梨県上野原市に自然農の実践農場のほか、座学や宿泊できる施設に、全国からライセンス取得や施業を学びに有志が集う。2020 年「大地の再生 技術研究所」設立。WEBサイト大地の再生 結の杜づくり

大内正伸(おおうちまさのぶ)1959年生まれ。森林ボランティア経験をもとに林業に関わり技術書を執筆。2004 年より群馬県で山暮らしを始め、2011 年、香川県高松市に転居。2020年、自宅敷地で「大地の再生講座」を開催する。囲炉裏づくり等のワークショップや講演も多数。著書に『これならできる山づくり』『山で暮らす愉しみと基本の技術』ほか