編集部
2025年3月発行の『みんなの有機農業技術大事典』は、すべての農家に読んでもらいたい本。この連載では、大事典の著者の方々から内容のエッセンスをご紹介いただいたり、農文協主催の公開セミナーの様子をお届けします。

いやー、今回も盛り上がった。なにより、質疑応答が非常に実践的でおもしろい! 『みんなの有機農業技術大事典』刊行を記念した農文協主催の公開セミナー、先月号ではその第1回のようすを紹介したが、2回目となる今回からは「耕さない農業」を共通テーマとしたトリロジー(3回連続講座)の様子をお届けする。
講演&話題提供コーナー
不耕起で給水能力が爆増!?
まずは前回のセミナー同様、スライドを使った、お二方による話題提供。小松崎先生は、おもに大学農場での実践とデータに基づく不耕起栽培の理論をわかりやすく紹介。カバークロップを5種類ほど播種して育てると、年々土がよくなり炭素貯留も増えていく——というデータが出たそうだ。
「カバークロップが生む『ホロビオント』というのが注目されています。複数の生物が共生関係にあって、特定の環境をつくっていくというものです。これまで作物、土、微生物を研究する人って、それぞれの分野で別々に研究していたんですよ。しかし圃場の中では、作物の根から出てくる滲出物を通じて微生物活動が活性化したり、団粒を形成したりと影響し合うんです」
聴講者皆がビックリしたのが、その不耕起で育つ団粒による吸水能力だ。
「実際に学生に測定してもらったんですが、耕している圃場に比べて1ha当たり40tも多く水を保持できることがわかりました」
同じことを、耕作者の立場から語ってくれたのが松澤さんだ。
「大雨が降ったときに、水をスッと吸い込む。ミクロのダムが無限にあるみたいな、そんな風に考えられます。うちはものすごい急斜面の畑がほとんどですが、大雨が降っても濁り水が全然出ないってことで、いろんな学者や先生方が来てびっくりするんです」
Q&Aコーナー
ウネ立て&覆土はどうするの?
いよいよここからが今回の目玉である「Q&A」コーナー。小松崎先生が進行役となり、聴講者からの質問を松澤さんに振りつつ、松澤さんが述べる実践に対し、研究者としての見解を述べていく。その名司会者ぶりに、企画した農文協職員も舌を巻いた。
小松崎(以下、小):農業の場合は基本的にウネを立てますけど、そのあたり不要とお考えですか? そして覆土はどうしてますか? という質問が来ていますが、いかがでしょう。
松澤(以下、松):うちはサツマイモくらいしかウネを立てません。急斜面でウネ立てしたら、土が流れていくし労力もかかる。立てなくてもちゃんと育つので、必要ないという感じです。覆土……自然のタネって、覆土なんかされないでしょ。だからやってません。ダイズだけは鳥に食べられますので、ちょっと穴をあけてポンと中に入れるっていう、その程度です。
小:ありがとうございます。明治大学の不耕起圃場では、けっこう土壌水分が高いので、1回ウネ立てしてそのウネを残したまま、ずっと不耕起でやるそうです。畑の排水状況とも関わってくるかなと思います。覆土については、アブラナ科のようなタネが小さいものはしなくてもいけるかと思います。でも、タネの大きいものは覆土したほうがいいかなと。松澤さんのような達人になると違うかもしれませんが。
やせた土地では、最初に鶏糞
小:続いては、やせた土地で不耕起栽培に移行すると、土の中の養分が足りなくなっちゃうんじゃないか? っていうご質問ですが、いかがでしょう。
松:もともとチッソが少ない状態になっているとか、栄養分のバランスが悪くなっているとか、生えている草を見れば色や葉の大きさでわかります。そういった場合、タネをバーッと播いた上に、うちで飼っているニワトリの鶏糞をね、パパッとまいて草を刈っちゃう。もう、それだけで十分。コマツナとミズナとかも2年目からたくさんとれるし、2年もやってれば、もうそこの土はものすごく肥沃になってきますから、その後はもう肥料をやる必要もなくなってくる。

小:なるほど。最初は鶏糞を入れるってことですけども、草の存在が土を改善していくっていう点も大きいと。松澤さんのように、それが自然にできる環境なら一番いいと思いますが、なかなか草がいいパフォーマンスをしないときには、私はカバークロップというのも選択肢に入っていくんじゃないか、人為的なこともある程度必要になってくるかなと思います。
夏野菜はしっかり草マルチ
小:続いて、トマトやナス、キュウリなどの夏野菜についても、バラ播きとハンマーナイフモアの手法って有効ですか? ということですが……。
松:たしかに夏野菜と秋冬野菜では、雑草の生え方と作物の生命力が全然違いますよね。夏野菜には、夏草に勝てるものがほとんどない。だから、まずはリビングマルチを上手に使って、草の発生を抑制するところからスタートするとラクになります。ドラム缶とか足で踏んで、草倒ししてマルチにしてもいい。秋冬野菜では、ほったらかしになっている畑でも、草がみんな茶色い世界になる。その程度なので、秋の9月頃に秋冬野菜のタネをバーッと夏草の間に播いて、草を刈って、上へ載っけて野菜を育てちゃえば、その後出てくる雑草との競争には野菜のほうが圧倒的に有利に育つことができます。
小:夏野菜と秋野菜は分けて考えたほうがいいんじゃない? ってことですね。夏の雑草は勢いが強いので、松澤さんはリビングマルチということですが、私たちが大学圃場でやっているのは敷きワラなど。しっかりマルチしてやれば、夏の不耕起栽培でも収量がとれるかと思います。一方、秋野菜のアブラナ科作物などは23℃ぐらいで生育適温を迎えるし、雑草の勢いも弱まってくるので、冬になるにつれて自然と雑草との競争には勝ちやすくなると思います。
炭素の循環&貯留を両立
小:炭素貯留についてもご質問いただきました。こちらは、私のほうでお答えします。不耕起では炭素が溜まるって話と、炭素が循環してますっていう話があって、「循環しちゃったら溜まらないんじゃない?」と。これが面白いんですよ。カバークロップと組み合わせるとですね、それらが放出する炭素があって、作物残渣と一緒に土中に残って供給されます。そうやって、循環しながら炭素を高めていくということができるようになっていくんです。土壌を保全しながら生産していく、win-winになると考えています。

炭素貯留に関しては、松澤さんのほうからも「カーボンポジティブ」(炭素を溜めていける)という言葉が出て、注目の高さがうかがえた。
次回のセミナーは、北海道での「耕さない農業」を紹介予定。乞うご期待!

農文協『みんなの有機農業技術大事典』刊行記念公開セミナー(谷口吉光氏・魚住道郎氏) *農文協のYouTubeチャンネルに飛びます