共生菌の力を借りれば、都会のカッチコチの土でも、重粘土の水田土壌でも、たったの3、4カ月で無肥料の野菜が育つ土に変わる!? いま、家庭菜園をやる人たちの間で話題の「菌ちゃん農法」。そのポイントは、糸状菌たちが張り巡らせる、菌糸ネットワークにあるのだとか。開発者の吉田俊道さんの畑、「菌ちゃんふぁーむ」におじゃました。
長崎・菌ちゃんふぁーむ 吉田俊道さん
葉物野菜をふりかけにして売る
──古民家を利用した事務所の脇を通って防風林を抜けると、見晴らしのよい棚田の畑が広がる。約3haの水田転換畑を若い社員11人、アルバイト5人が管理していて、夏場はほとんどが葉物野菜。メイン作物は空心菜で、2、3割ほどの畑でつくる。
菌ちゃんふぁーむで育てた野菜はほとんどを乾燥・粉末にして、ふりかけ(商品名:菌ちゃんげんきっこ)にして売るのだとか。粉にすれば腐らないし、梱包や発送もしやすい。菌ちゃん農法の詳細に入る前に、まずはふりかけ販売について聞いてみた。
本物の有機野菜は抗酸化力が高い
前は有機野菜を宅配で売ってたんですよ。人間、健康になるにはお腹の中を腐らせずに、発酵させること。それにはビタミンCやポリフェノールといった抗酸化成分の多い野菜を食べればいい。だって、抗酸化力ってのは体の酸化、細胞へのダメージを防ぐ「腐り止め」だから。
抗酸化成分の多いことが、有機野菜のスゴさなんだけど、それを講演しても聞く人は元気な人ばっかり。弱った人は野菜をつくりきらんし、買うにも高いし、そもそも味噌汁もつくらんという。なるほど、本当に必要な人には、食を変えるんではなく、いま食べてるものに、抗酸化力と微量ミネラルとが詰まった商品をふりかけて食べてもらう。それで、少ーし元気になってから手作りを始めればいいと。
空心菜は真夏でもよく育つでしょ。強烈な光をもろに浴びるから、とにかく抗酸化力が高い。食べると本当にみんな健康になるから。お腹が発酵して、微生物が殖えて、うんこが浮きやすくなる。微生物の呼吸で微小な気泡が増えるんです。あと、トイレットペーパーが要らなくなりますね。お尻をふいてもうんこがつかない。
もちろん、野菜は朝どりしてますよ。夕どりでは意味がない。だって、植物は必要以上に抗酸化成分をつくらないから。夏の紫外線が当たれば当たるほど、それを消すための抗酸化成分をつくる。ところが、夕方になるとほとんど使い果たしてしまう。で、夜の間にまた炭水化物から抗酸化成分をつくって、翌日に備える。だから朝どりなんです。夏の葉物野菜の抗酸化成分は主に紫外線対策ですね。
ふりかけで1億2000万円以上
ふりかけはいいですよ。日持ちするし、抗酸化力さえ高ければ、味は関係ない。だって、煮干しでうまく調整してるから。それに、ニンジンなら葉っぱがいっぱいできるでしょ。抗酸化成分は葉っぱのほうに多い。ビタミンもカルシウムも。普通ならニンジンの葉は捨てるけど、じつはふりかけに最適。だから、下で儲かって、上でも儲かる。キャベツは外葉や収穫後のひこばえ(わき芽)も、ダイコンは間引き菜もぜーんぶ使える。儲かりますよ! 60gで600円。すっごく安いけど、ロットが増えたので儲かっちゃう。今はふりかけで1億2000万円以上。菌ちゃんふぁーむの売り上げは青果や仕入れ商品とかも合わせると1億9000万円くらいありますよ。
エサがある限り、不耕起で何度でも植えられる
──では、本題の菌ちゃん農法のやり方を紹介しよう。詳しくは下図のとおりだが、ポイントは大きく四つある。
- 45cmの超高ウネを作り、通路の溝も傾斜をつけて排水性を確保する。
- ウネの上に糸状菌のエサとなる炭素率(C/N比)の高い粗大有機物を敷く。
- 大雨が降っても糸状菌が水に浸かって死なないように、「マルチの屋根」をかける。
- 糸状菌が安心して棲めるように、マルチ内の通気性や保水性を確保する配慮も欠かさない。
最初の仕込みにかなり手間がかかるが、この状態で3、4カ月養生してエサに菌糸が回ったら、さっそく野菜苗が植える。その後はずっとウネを崩さず不耕起で、エサのある限りは何度でも野菜を植えられる。
空中チッソが固定され、野菜に届く
どうして無肥料でできるのか? 空中には無限のチッソがあるけど、これを植物が吸える硝酸やアミノ酸に変えるには大量のエネルギーがいるでしょ。マメ科に共生する根粒菌は、根っこに入り込んでマメが光合成でつくった糖分をエネルギーにして、空中チッソを固定してる。サツマイモが主食でタンパク質をほとんどとらないパプアニューギニアの人が筋肉隆々なのは、お腹にチッソ固定細菌が共生しているから。これと同じことが、糸状菌とチッソ固定細菌の間にも起こっていると私は考えてるの。
粗大有機物は糸状菌のエネルギー源。でも、糸状菌が増殖するにはチッソ分が不足している。そこで、チッソ固定細菌にエネルギーを分け与えながら働いてもらう。そうして固定された空中チッソの一部を糸状菌がもらうような共生関係がつくられる。
糸状菌のなかには、菌根菌のように根っこの細胞内に入り込んで植物と共生関係を結ぶものもいる。こうした、糸状菌たちのネットワークを通して植物は空中チッソを取り込むことが可能になる(2024年10月号p58)。だから、この農法はとにかく、どれだけ糸状菌を殖やすことができるかがポイントなんです。
炭素循環農法にマルチをかけた
最初は10年くらい前かなあ、糸状菌を活かす炭素循環農法の話を聞いて、自分でもやってみたの。ところが、糸状菌はちょっと雨が降ると弱るわけ。日本は雨が多いじゃないですか。せっかく殖えた糸状菌も大雨で全部死んじゃって、立派な野菜が育つようになるまでに、とにかく時間がかかる。
じゃあ、糸状菌が弱らないようにするには、どうすればいいか? 高ウネにしてマルチを張って、大雨から守ってあげようということなんです。糸状菌の菌糸ネットワークが壊れない環境をつくれば、3〜4カ月で野菜を植えられる。糸状菌は土の団粒構造をつくってくれるから、菌ちゃん農法で5年くらい野菜を育てれば、水はけ、水もちもすっごくよくなって、マルチなしでも大丈夫。団粒や菌糸ネットワークが壊れなくなるんです。
菌ちゃん農法はニセモノ、ロープウェイ農法
糸状菌を活かす農法は、けっして私が発見したもんじゃない。炭素循環農法とか、伝統的なカヤ農法がもともとあった。本物はそっちなの。菌ちゃん農法はニセモノ自然栽培。ロープウェイ農法ともいってる。マルチを張ることで7合目までロープウェイで行っちゃうの。本物はやっぱり1合目からちゃんと歩いてるんです。でも、それだけだと登山人口が増えないでしょ。ロープウェイのおかげで、今まで山登りしていない人たちがいっぱい集まってきてるんだから。
菌ちゃん農法では、春先に植えたときは「液肥を1回かけて」ともいっている。化成肥料を溶かしたものとか、市販の液肥でもいい。植えた場所にたまたま菌糸がいなかったりすると、初期生育が悪くなるから。春先は寒いから、ウネの上のほうにいる菌ちゃんも元気じゃなかったりする。だから、とりあえず液肥をあげて、根を伸ばす。菌糸が伸びてくるのを待つんじゃなくて、根を菌糸のところにもっていく。菌糸とつながりさえすれば、野菜は急に元気になるんです。
太い丸太は長持ちするが、火力が弱い
あー、ここの空心菜は生育が悪いですね。エサが少ないとよくこうなる。じつはここ……
この記事の続きは、現代農業2024年10月号をご覧ください
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