「有機農業へと舵を切る」と、日本政府は言う。そんな今だから、海外の有機事情も知っておきたい。現代農業2023年11月号「今知りたい! 世界の有機農業」のコーナーより、アメリカの今の有機農業事情についての記事を試し読みとして公開します。
全米一の有機農業州カリフォルニア
8割が購入――米国での有機食品普及
米国は世界最大の有機食品市場である。米国における有機食品の需要は90年代以来増加の一途をたどっており、20年の有機食品小売販売額は500億米ドル(7兆3000億円)を上回った。従来から果実と野菜が有機食品の販売をけん引してきたが、その他の食品も増加しつつある。
ある全米規模の調査によれば、16年には全家庭の8割以上が有機農産物を購入したという。有機食品を購入した消費者の主な動機は、食品中の残留農薬や抗生物質を避けたい、環境に配慮した農業をサポートしたい、有機食品は栄養価が高いとの信念などであった。
自然食品店での小売りや地域支援型農業(CSA)、ファーマーズマーケットなどによる直売とオンライン販売に加えて、15年前後から一般のスーパーマーケットが有機食品を大々的に扱うようになり、現在ではこのスーパーでの販売が全米での有機食品総販売額の約半分を占めている。
大規模単作構造の「慣行」的有機農業
16年の加州での有機農畜産物上位10品目の農場販売額を示した。このうちイチゴ、ニンジン、ラズベリーの3品目では、有機の販売額が慣行農産物を含む全体の販売額の10%以上を占めている。
加州の有機農業は、60年代のヒッピー文化のなかで生まれ、70年代の反戦や農業労働者の労働条件改善などの社会運動のなかで成長した。73年には自らの生産物をまがい物から守るために、生産者が有機認証団体「カリフォルニア認証有機農業者」(CCOF)を作り、79年には加州政府がこれを基に「有機食品法」を制定した。のちに連邦政府はおおむね加州の有機食品法に倣って90年に「有機食品生産法」を制定した(02年施行)。
認証制度が法律化され、連邦政府によって統一基準が確立される過程で、米国の有機農業は社会運動的側面が失われ、安全な農産物の供給という一面への矮小化と産業化が進んだ。伝統的な有機農業の特徴である有畜複合経営による農場内での養分循環の促進、輪作や緑肥を含む多品目栽培による農場内の生物多様性を活用した病害虫管理などは取り入れず、加州の「伝統」である大規模単作で有機栽培を行なう、有機農業の「慣行化」が進んできた。
この「慣行」的有機農業は、農場の大規模単作構造を維持したままで、化学肥料を有機質肥料に、化学合成農薬を有機認証農薬に取り換え、認証有機農業の基準を最低限クリアするにとどまっている農法である。肥沃度や病害虫管理の多くを相変わらずさまざまな外部資材の投入に依存していて、必ずしも環境保全的でない場合もある。「大規模単作有機農業」が可能であること自体、日本では想像が難しいかもしれない。加州の乾燥した夏場の気候が日本や米国東海岸などに比べて病害虫の発生を少なくし、リンゴを含む多くの野菜と果樹の大規模有機栽培を可能にしている。
大規模有機農場への富の集中と 企業による全米規模での「取り込み」
「慣行化」のより大きな問題は、大規模有機農場への富の集中である。例えば、 21年の加州における有機農畜産物の総農場販売額の94%が、件数にして全体の22 %にすぎない販売額50万米ドル以上の大規模農場によって占められていた。そして「富」を持つ大規模農場による中小規模農場の抑圧は、米国農業の歴史において繰り返されてきたパターンで、それが有機農業でも生じている。例えば、加州クヤマバレーにある世界最大の某有機ニンジン生産農場は、大規模有機ニンジンのかんがいのために、地域集落内にある限られた地下水を独占的かつ過剰に汲み上げている。これが集落内の多くの小規模農家の水利権を脅かしていて、現在同地区住民によりこの大規模農場の有機ニンジン不買運動が展開されている。
有機農業の「慣行化」は加州にとどまることなく、全米規模でも進んでいる。有機農業の伝統的な基本理念よりも利潤の追求を優先するアグリビジネスは、有機食品の需要増を商機ととらえ、潤沢な財力を背景に米国農務省の全国有機基準委員会の大勢を占め、国内の有機農業の基準を徐々に緩和させている。例えば、米国の現在の有機農業基準は、伝統的有機農業の理念にそぐわない土壌を用いない水耕栽培や、有機農業生産法に規定された動物福祉条項を無視した高密度家畜飼養施設での家畜飼育などを認めるという、世界でも例のない事態が生じている。こうした現象は、アグリビジネスによる有機農業の「取り込み」と呼ばれる。
スーパーマーケットでの量販が有機農産物(特に牛乳と鶏卵)の価格を下げ、より多くの人々への有機食品の提供を可能にしている一方で、これら一部の商品が、米国以外では「有機農産物」とは呼べないものであることを知る消費者は、未だ多くない。
有機農業の「慣行化」に対する抵抗運動
上記二つの認証は、いずれも有機認証を受けていることが最低条件で、現行の有機認証を超えた、より厳しい基準となっている。
持続可能な有機農業のための アグロエコロジー
2023年11月号「今知りたい! 世界の有機農業」のコーナーでは、以下の記事も掲載しています。ぜひ本誌(紙・電子書籍版)でご覧ください。
- 小規模農家も活躍! 有機の先進地EU 関根佳恵
- 政府と企業がビジネス的に展開 中国の光と影 山田七絵
- 現地の川﨑さんの話(中国・川﨑広人さん)
今月号のイチオシ記事
2023年11月号の試し読み
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今月号のオススメ動画
アグロエコロジー 持続可能なフードシステムの生態学
スティーヴン・グリースマン 著
村本穣司 監訳
日鷹一雅 監訳
宮浦理恵 監訳
アグロエコロジー翻訳グループ 訳
持続可能で人類のニーズを満たす農業とは? 生態系と調和する伝統的農業と健全なフードシステム(食料消費)の実現のために、科学と実践と社会運動を統合するアグロエコロジー(農生態学)の教科書、初めての邦訳。