新潟・新谷梨恵子
イモには人を狂わせるほどの魅力がある。色、形、味、食感。イモの個性に気づいて、その声を聞こう。食べ方、売り方、加工のアイデアが湧いてくる。『現代農業2023年2月号』の巻頭特集「ジャガイモ&サツマイモ」の中から、編集部イチオシの記事を期間限定で公開します。
恋に落ちた
「サツマイモはなんで甘くなるか知ってるか? イモには心があるんだ。甘くなって、たくさん食べてもらおうってイモ自身が思うんだよ」
焼きイモ屋さんのその言葉で恋に落ちた15歳の冬。そう、それが私の「サツマイモ人生」の始まりでした。
好きな人(イモ)のことがもっと知りたくて、東京農業大学へ進学。「俺んちは農家みたいなもんだ」という先輩の言葉を聞いて「念願の農家の嫁!」と思い込み、卒業後すぐ結婚。生まれも育ちも東京の私が嫁に来たのは、サツマイモの特産地ではない新潟県小千谷市。「農家みたいなもん」とは、本当に「みたいなもん」であり、それは義母の家庭菜園でした。
それでも「サツマイモで町おこしをしたい」という夢を持ち続け、農業法人でサツマイモ栽培、加工、販売に携わり10年。地元の給食で愛される「さつまいもプリン」を作り、サツマイモで会社を作り、サツマイモカフェまで作ってしまいました。
「ベニキララ」との出会いで、人生が変わった
昔も今も、そのかわいさに魅了され続ける毎日ですが、サツマイモ愛はあふれるばかり。2021年は18種類のマニアックなサツマイモを栽培しましたが、大事にしすぎて売るのも焼くのも渋る私にスタッフからクレームが続出したため、22年は12種類とぐぐっと我慢。紅はるかさん、シルクさんのような王道系ではなく、私が栽培するのはオレンジイモのベニキララさん、ハロウィンさん、紫イモのパープルさん、白イモのコガネセンガンさん、しろほろりさん。ねっとり系がブームの昨今ですが、蜜がなく、不器用な甘さのホクホク系あずまさんなど(正式な品種名は下の一覧参照)。どれもみんな違って、みんないいのです。
特に私のイモ人生を変えてくれたベニキララさんとの出会いに感謝しています。オレンジイモの登場で、料理やスイーツの可能性も広がったのです。
エビフライもシュウマイもサツマイモ!?
「さつまいも農カフェきらら」という私のお店は、関越道小千谷インターを右に曲がって3秒のところにあります。サツマイモ愛が強すぎるこの店のメニューは、大学イモやサツマイモの天ぷらなどの定番メニューだけではございません。サツマイモでエビの形を作り、タルタルソースで食べる「イモビフライ」や、肉の代わりにサツマイモを使った「シュウマイモ」、オレンジイモで「紅白なます」「きんぴら」など。もちろん、カレーにもニンジンは使いません。ニンジンの代わりにベニキララさん、ジャガイモの代わりに紅あずまさん、肉も入れない「イモイモカレー」の出来上がり。
そんなことをわが家でも長年続けていたら、息子はすっかりサツマイモ反抗期なのですが、好きな子に「嫌い」って言っちゃう、そんなお年頃なのだと温かく見守っております。
サツマイモの甘さを引き出すには加熱時間がポイント。食感よく、さっぱり仕上げたい「なます」はさっと湯通しするだけにしたり、甘い「イモサラダ」は1時間半かけて作った焼きイモを使用したり、紫イモの色を生かすために素揚げして「酢豚」にしたり、サツマイモ料理は無限大に広がります。
また、サツマイモがトマトに出会い、チーズとハーモニーを奏でたら、ピザ生地は必要ありません。輪切りにした焼きイモの上にトマトやベーコンを置き、ピザソースをたっぷりかけて、チーズをのせて焼いたら「焼きイモピザ」の完成です。
曲がっていても、小さくてもいい
どんなサツマイモでも特徴やよさがあります。規格とは人間が決めたものであって、曲がっていても、小さくても、大きすぎても、サツマイモに罪はないのです。大きく育っただけでも褒めてあげるべきなのに、なぜ野菜たちはまっすぐでキレイで大きさが揃っていないと規格外品になってしまうのでしょうか? 私のところにはそんな規格外品たちがたくさんやってきます。「何でも買う」スタンスで、近隣の農家の方々(30軒以上)からサツマイモを仕入れているからです。
その子(イモ)を見るたびに問いかけるのです。
「キミは何になりたいんだ?」
すると、まるでサツマイモが答えたかのようにアイデアがむくむく湧いてくるのです。小さいイモは乱切りにして塩ゆですれば冷凍保存可能。冷凍のままカリッと揚げ、塩を振ると「フライドイモ子」になります。どうか、小さすぎても畑に捨てず、料理して美味しく食べてあげてください。
進化する焼きイモソフトクリーム
日本で唯一の「さつまいもスイーツマイスター」の称号をいただいた2021年。構想に3年かけた新商品がデビューしました。
もともと、お店の名物はホカホカの焼きイモに希少なガンジー牛乳のソフトクリームをのせた「焼きイモソフトクリーム」でした。「すぐ溶けてしまうので小千谷市に来ないと食べられませんよ」という思いも込めて7年前に考案。当時は誰もやっておらず、実用新案を出願、特許も取得しました。「これを考えたあんたはエライ!」とテレビ番組の「マツコの知らない世界」でマツコさんが大絶賛し、3回もおかわりしてくれた自慢の逸品でしたが、新型コロナウイルス感染拡大の影響で県外客が激減。「小千谷市に来てください」という言葉さえ憚られる事態となってしまったのです。
しかし、ピンチはチャンス! そんなときこそ、コロナの先の新しい未来へタネを播こう! そう思った私は脳内妄想未来予想図を引っ張り出し、焼きイモソフトクリームを外販型にするためのパッケージを考えました。自宅で好きなときに食べられる商品に変え、「お取り寄せ可能」にしよう!と。こうして21年に完成した「イモぽんソフト」は、ふるさと納税返礼品やお歳暮、お取り寄せ商品として1年で1万個売り上げました。
紅はるかさんだけでなく、いろいろな品種の焼きイモから選べるのも特徴です。そして、ここで登場するのが「太りすぎて何が悪いの!?」とご立腹だった大きすぎるサツマイモたち。イモコーンには最高なんです。
夢は「サツマイモばあちゃん」
「第4次焼きイモブーム」と呼ばれる今日この頃。サツマイモを愛し、サツマイモと共に生きる私にとっては、ありがたき幸せ。サツマイモスイーツも注目され、「イモっぽい」なんて言われた田舎娘のシンデレラストーリーのようにかわいく、彩りよく、インスタ映えする姿に変身しています。
娘(イモ)の成長に胸が熱くなりますが、私自身が一番好きな食べ方はやっぱり焼きイモなんです。サツマイモは私の人生そのもの。掘りたてはまだ甘くない。じっくり熟成させることで甘くなり、さらに低温で長時間焼くことでその魅力を最大限に引き出せる。
「サツマイモで町おこしをしたい」という夢をじっくり育て、温かい新潟県の仲間たちに囲まれて、応援してもらって今があります。出会いは財産。「願イモ叶う」のです。まだまだサツマイモの可能性は未知数。ブームで終わらず、ご飯といったら、米、パン、イモのように定着するかもしれません。バレンタインにチョコではなく、イモをあげる日も来るかもしれません。
これからも出会ってきた皆さんにサツマイモで恩返しできるようなイモ人生にしたい、そして「サツマイモばあちゃん」と呼ばれる日を夢見て、今日もイモ人生を楽しんでいこうと思います。
小千谷インターを右に曲がって3秒(大事なことは2回言う)。サツマイモ愛を語りあってくださる方、「おイモだち」になりましょう。
(新潟県小千谷市・さつまいも農カフェきらら)
『現代農具2023年2月号』の巻頭特集は、「心ときめくイモ品種」.サツマイモ品種「あまはづき」を試験導入した鈴木一男さんの記事も掲載しています。ぜひご覧ください。
- 掘りたてなのに、ねっとり甘いあまはづき 鈴木一男
農家が教える いもづくし
農文協 著
さつまいも、じゃがいも、里いも、長いも、山いもの料理やおやつの作り方を豊富に紹介。ねっとり濃厚な焼き芋の干しいも、里いものとろみを活かしたグラタンなど農家のアイデア満載。いもを長持ちさせる貯蔵のコツも