埼玉県北本市・内田泰宏さん
収穫包丁は身体の一部
「刃物には、興味がなかったんですよ」
じつをいうと、内田泰宏さん(55歳)は若かりし頃、キャベツとレタスの市場出荷に専念していたので、収穫包丁も1種類で間に合わせていた。それが、今から28年ほど前、自ら販路を探し、量販店などと直接つながるようになると、栽培品目が徐々に増加。刃物にも、さまざまなタイプがあることを知り、野菜ごとに使い分けるようになったという。
「やっぱり、包丁ひとつでぜんぜん違うんですよ、作業効率が。それから、疲労も。包丁がその野菜に適していないと、余計な力がいるんで、手首が痛くなったり、肩が凝ったりします。精神的にも疲れますしね」
なにせ、現在の内田さんの経営は「少量多品目栽培」ならぬ「多品目大量生産」。ピーク時はキャベツやレタス、ハクサイ、ブロッコリーなどを1日に1000個も2000個も収穫するので、スピード感が必要なのだ。できれば、身体への負担も軽くしたい。
そういう意味でも、刃物選びは大事。今や、内田さんにとって、収穫包丁は「最も身近な農具」だが、たんに切れ味だけを求めているわけではない。野菜との相性はもちろん、いかに自分の手に馴染むかも重視している。
「慣れてくると、包丁が身体の一部になるんです。手のひらか指先で野菜を収穫しているような感覚ですかね」
家族で切り方が違う
10種類以上の刃物をずらりと広げ、内田さんに「キャベツは軸がかたいから、厚みのある包丁」「レタスは切るのに力がいらないから、軽い包丁」といった具合に解説してもらっていると、通りかかった奥さんの智重さん(55歳)も、「このあいだ、ハクサイのお尻をえぐるのに反り包丁を買ったんだけど、鍛冶屋さんにもうちょっと角度がほしいって頼んで、自分好みにしたんだよね」と話に参加。せっかくなので、一番のお気に入りも聞いてみた。
「この四角い包丁ですね。ほら、鉄を何回も打っているから、刃がなみなみになっているじゃない。本当にもう、すっごい切れるんです。ブロッコリーやカリフラワーの調製作業のとき、力いらずで、枝(葉柄)をきれいに落とせます。でも、なにかの拍子に、刃がちょこっとぶつかっただけでも切れちゃうから、危なくて、人には貸せません。この包丁は確か、おじいちゃんが旅先で買ったんじゃないかな。刃物が好きでね、よく北陸とかの産地からもお取り寄せしているみたいですよ」
「俺はそれ、使わないなあ。あんまり切れ味が鋭いのは、好きじゃないんだよね。あと、重たいから振り回せない。もっと軽いほうがいいな。俺はブロッコリーの枝を落とすとき、スピードがはえーじゃん。パンパンパンッて」
「収穫や調製のやり方は人それぞれで、収穫包丁にも好みがあるからね。わたしはブロッコリーを逆さまに持ち、ちょんちょんちょんって枝を落としていくけど、おばあちゃんはまた違う。ブロッコリーを上向きにして、出刃包丁を使うもんね」

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農文協 編
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