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新連載●ここが変だよ 日本の有機農業 二つの有機農業

今日の集約農業では、化学肥料や化学合成農薬を十分に使っている。土壌有機物からの地力チッソの供給を軽視し、堆肥の施用を省略。また天敵などの働きを無視し…

新連載●ここが変だよ 日本の有機農業

二つの有機農業

西尾道徳

 私は2004年から農文協ルーラル電子図書館に「環境保全型農業レポート」を連載している。国内外の農業環境に関するテーマを自主的に選定して、無償で執筆している。有機農業についても、研究論文や法律から関係する記事を多数紹介し、それらをベースにして19年には農文協から『検証有機農業 グローバル基準で読みとく理念と課題』を出版した。384ページで税込6600円と少々高くなり、読者数は多くない。

 そこで、今回はより多くの人々に読んでいただけることを願いつつ、新たに連載を始めさせていただく。

 

東京都出身。農学博士。1969年農林省(農水省)入省。農業環境技術研究所長、筑波大学生命環境化学研究科教授、日本土壌肥料学会会長などを歴任。著書に『土壌微生物の基礎知識』『有機栽培の基礎知識』『検証 有機農業』(いずれも農文協刊)など。

筆者のweb連載。国内外の農業環境に関する論文やニュースを、独自の視点を交えながら解説。農文協のホームページ上で、現在は毎月1本のペースで記事を掲載。2004年にスタートし、記事数は378に上る(21年11月現在)。すべて無料で読める。

https://lib.ruralnet.or.jp/nisio/

検証 有機農業

検証 有機農業 グローバル基準で読みとく理念と課題

(西尾道徳著、定価6600円)

日本や海外の有機農業の理念と発展の歴史、各国の有機農業規格、環境に与える影響や収穫物の栄養について、世界中の研究成果をもとに、客観的科学の視点で冷静に検証。日本の有機農業の課題を明らかにする一冊。

有機物を使うから「有機農業」、ではない

 今日の集約農業では、化学肥料や化学合成農薬を十分に使っている。土壌有機物からの地力チッソの供給を軽視し、堆肥の施用を省略。また天敵などの働きを無視して、有害生物は農薬によって防除する。さらに、作土の硬さや厚さ、水分状態を気にせずに、大型トラクタで耕耘することも多い。

 こうした集約農業で、単収や作業能率は確かに向上した。しかし、作物体や土壌に残留した農薬や硝酸塩などの汚染による農産物や環境の安全性への懸念、野生生物の数と多様性の低下、土壌浸食による資源の劣化などが顕在化した。

 このため見直されたのが、化学肥料や農薬を使わず、過度な耕耘を避ける農業である。化学資材の使用や過度な耕耘をやめると、物質循環による土壌の天然肥沃度、さまざまな生物の働きを生かした病気や害虫の抑制、土壌資源の保全など、農業生態系の多様な構成要素とそれらの有機的なつながりを考慮した農業が必要になった。

 この多様な要素とその有機的なつながりを重視し、地域に適合した農業こそが「有機農業」である。有機物資材を使うから有機農業、ではないのだ。

認証を行なう有機農業

 一方、「有機」にはもう一つ別の使われ方もある。「流通のための認証」としての使われ方である。

 世界にはさまざまな農業生態系が存在するので、地域に適合した農業の仕方もさまざまである。当然、有機農業のやり方も国によって異なりうる。

 このため、国連食糧農業機関(FAO)と世界保健機関(WHO)が合同で、食品の国際基準を作るコーデックス委員会を設けている。同委員会は、各国が有機食品の生産、加工、表示および販売に関する法律を策定する際に、最低守るべきガイドラインを作っている。

 そのなかで、有機農業・有機農産物は次のように定義されている。

「『有機』とは、有機生産規格に従って生産され、正式に設立された認証機関または当局により認証された生産物であることを意味する表示用語である」

 つまり、有機農産物はその国の有機生産基準に準拠して生産されたもの、販売用に生産された農産物であり、国の認めた認証機関(農家が生産した農産物が国の基準に従っていることを確認する機関)の認証を受けたものだけが「有機」の表示を行なうことができる。

 有機農産物に認証を義務付けているのは、基準に従って有機生産された農産物であるか否かは目で見ただけでは判別できないからである。化学肥料や農薬を使ったほうが、低コストで短い労働時間で生産でき、それを有機農産物と詐称して高価格で販売されたのでは「有機」の信頼を確保できないからある。

日本の有機農業の取り組み面積(農水省の資料より一部改変)

 

*国内の耕地面積に占める有機農業取り組み面積の割合は、2018年時点で0.5%

認証を必要としない有機農業

 しかし、有機農業で農産物を生産しても、それを市場で販売していないケースも存在する。例えば「日本有機農業研究会」は、生産者と消費者が直接提携したグループを形成し、顔の見える信頼関係のもとに、農作業の支援などを行ない、グループ内で生産物の販売を行なっている。市場を介して、不特定多数の消費者に農産物を販売していない有機農家も多い。

 グループ内では、生産者が消費者に生産方法を説明して、その作業を手伝ってもらっているので、有機農業に基づいた生産であることを消費者に納得してもらっている。それゆえ、有機農産物であることを、わざわざ認証機関に料金を支払って認めてもらう必要はないとして、認証を受けていない。

 ただし、こうした有機農産物は、グループ内では流通していても、市場では「有機」と謳って販売することはできない。そして、生産した農産物に「有機」という文字を使ったラベル表示や呼称が認められない。

有機農業の法律も二つ

 つまり有機農業には、農法の一般的名称としての「有機農業」と、販売用の有機認証農産物を生産する「有機農業」とがあるのだ。

 有機農業にまつわる法律も二つある。販売用の有機農産物の生産を規制している日本の法律は、「農林物資の規格化等に関する法律」(JAS法)である。

 一方、販売用有機農産物を生産する有機農業とともに、一般的名称としての有機農業にも国が支援を行なうことを規定した法律が「有機農業の推進に関する法律」(有機農業推進法)である。こちらは、例えば日本有機農業研究会の農家による有機農業にも、国が支援を行なうことを規定したものである。ただし、この法律には有機農業に二つあることが説明されていない。そのため、残念ながら本来の趣旨がわかりにくくなっている。これらの法律については、回を改めて詳しく説明したい。


検証 有機農業 グローバル基準で読みとく 理念と課題

西尾道徳 著

本書は、世界的に見た有機農業誕生から現在までの歴史、各国の有機農業規格、農産物品質・環境への影響、食料供給などの可能性を示し、日本での有機農業の課題を明らかにする。

有機農業の技術とは何か 土に学び、実践者とともに

中島紀一 著

有機農業の技術論の骨格は「低投入・内部循環・自然共生」にあると提起した著者が、「土の力」に支えられて復興への道を拓こうとしている福島農業の苦闘や各地の農家の長い実践の到達点に学び、その技術論をさらに広げ深めて展開する。土を場として繰り広げられる微生物と植物と動物の共生の世界を踏まえ、農法を自然と人為の共生的連関に成立する歴史的社会的体系ととらえ、有機農業技術論を地域農法論として発展的に構想していく。有機農業だけにあてはまる技術論としてではなく、農業論、地域論、社会論の基礎として語られていく。

どう考える?「みどりの食料システム戦略」(農文協ブックレット23)

農文協 編

SDGsや環境を重視する国内外の動きが加速していくなか、農水省が2021年5月に発表した「みどりの食料システム戦略」。2050年に向けて、農林水産業のCO2ゼロエミッションの実現、農薬の50%削減、化学肥料の30%低減、有機農業の面積を25%(100万ha)に拡大、といった思い切った目標が掲げられている。この戦略には日本農政の大転換として期待の声が上がる一方でさまざまな批判も寄せられている。「みどり戦略」を日本農政(農業)の真の大転換にするためには何が必要かを、識者や農家とともに考え、先進地域に学びつつ提言する。