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【意見異見176】基本法見直し──農業・農村政策を「食料安保」の中に括ってはならない(全文公開)

現代農業2023年12月号に掲載された記事を試し読みとして公開します。

小田切徳美

連載意見異見

 食料・農業・農村基本法の見直しをめぐり、注目される食料・農業・農村政策審議会答申(2023年9月11日)の農村パートには、次の文章がある。

「(3)農村施策の見直しの方向以上のような情勢の変化や課題を踏まえ、食料安全保障の観点から以下のような基本的施策を追加、又は現行基本法に規定されている農村に関する施策の見直しを行うべきである。」

「今後の農村政策を食料安全保障のために作り替えていく」としか読みようがない文章である。じつは、同じ表現が同審議会検証部会の「中間取りまとめ」(23年5月)にもあり、修正されることなく最終の答申に反映された。

 筆者は最初にそれに接したとき、政策文書には珍しい誤植だと思った。農村政策を食料安全保障のために位置付けるなどということは、想像を超えていた。誤植ではないとわかったのは、同答申の農業パートにも同じように「食料安全保障の観点から」を含み、「農業に関する施策の見直しを行うべきである」という文章があることに気が付いてからである。

 このように、来年の通常国会で審議される予定の新しい基本法は、農業や農村政策まで食料安全保障を前提にして考えるべきことが強調されている。「食料安保偏重型農政改革」に他ならない。

 それでよいのであろうか。有識者のコメントの中には、「食料安保を基軸とした見直しは評価したい」(武本俊彦氏『日本農業新聞』23年9月12日)というものもある。しかし筆者には、とうていそうは思えない。

 それを論じるまえに、二つのことを説明しておこう。第1に、食料・農業・農村基本法の検証についてである。「基本法の検証」とは、現行法の見直し箇所を列挙することではない。今までの政策の検証を行なうと同時に、食料、農業、農村のそれぞれの領域の新しい時代の「基本問題」を明らかにすることが前提となる。

 99年に制定されてから四半世紀を経て今回の見直しということは、機械的に考えれば、次の見直しは2050年頃となる。この頃には、国際環境、地方部の人口減少や産業配置さらに国民の環境意識などは激変しているであろう。農水省が存在するかさえも確かではない。しかし、そのときに「半世紀前の1999年にできた食料・農業・農村基本法は、24年には国民的議論が行なわれ、見直された。それにより、『基本問題』がしっかりと明らかにされた」「あのときの法律改正は、21世紀の折り返し点となるこの時代の食料、農業、農村の在り方に大きく貢献をしている」と、2050年の未来人から評価されるものなのかが問われている。

 第2には、食料安全保障についてである。その概念自体が、今回の見直しの焦点であった。議論の結果、従来の「不測時」の「国レベル」にかかわる概念ではなく、「平時から」「すべての国民、消費者が」食料にアクセスできる権利を確保するという定義に変更された。こども食堂が各地に生まれているように、国内でも一部の消費者の食料アクセスが困難化するフード・インセキュリティが大きな課題となっている。定義の拡張により、都市、農村を問わず、買い物弱者対策やフードバンク活動の活発化、それを促進する強力な政策対応が期待される。国民を覆う経済格差の実態が、食料問題の新しい「基本問題」として正しく取り込まれたといえる。

 このように、食料問題の領域では、新たな「基本問題」のセットに成功している。

 農業政策や農村政策の領域ではどうであろうか。

 そこで問題となるのが、冒頭に見た農村パートの記述である。この点に筆者がこだわるのは、2010年代の農政を振り返ってのことでもある。以前から、農政は産業政策と地域政策を「車の両輪」とするべきだといわれていたが、10年代には農地集積や農産物輸出等の産業政策に大きく傾斜した。それに対する多方面からの批判に対して、20年食料・農業・農村基本計画では、農村政策の立て直しが図られ、「地域政策の総合化」が提起された。そこで新たに導入された農山漁村発イノベーション、農村RMO(地域運営組織)、農的関係人口などの具体策は今回の答申にも書き込まれているが、肝心の「車の両輪」の記述はなく、代わり示されたのが冒頭の「食料安全保障の観点」である。

 だが、農村政策の目標は、農村に住み、そこに関わる者のウェルビーイング(幸福度)の最大化であろう。そのため、たとえば農家、非農家を問わない住民により形成された地域運営組織による高齢者の見守りや生活交通の運営などの挑戦が、省庁間連携による農村政策の対象となる。ところが、一律に食料安全保障を重視するのであれば、多くのRMOが農業生産や農地管理に関わることが求められる。そんなことをすれば、農村現場は混乱するだけだろう。むしろ、農村問題の「基本問題」として、省庁を超えても共有できる理念の設定(今回の答申で新たに農村政策の理念として示された「農村への移住・関係人口の増加、地域コミュニティの維持、農業インフラの機能確保」は政策の単なる羅列であり「理念」ではない)や省庁連携下で農水省が果たすべき役割などの「基本問題」が、語られるべきではなかろうか。

 また、農業パートでも同様のことがいえる。答申からは、焦点となる今後の水田農業の位置付けや環境問題も意識した農地の定義とその保全の考え方などの「基本問題」が見えてこない。先にも触れたように、ここでも「食料安全保障の観点から……」という文章が登場し、その強さゆえに内容がかすんでしまっている。

 このように、食料、農業、農村の分野には、それぞれ固有の目的がある。そして、それらが相互に好循環となることを追求すべきである。しかし、現実はしばしばすれ違い、ときにはバッティングする。そうしたときに、調整の仕組みとプロセスを準備するのが政策であろう。それを、最初から食料安全保障という一つの理念で無理に統合しようとすれば、矛盾が生じ、結果的に現場に問題が噴出する。

「食料安保偏重型農政改革」は、それほど重大な問題を含んでいる。こうした状況は、先にも触れたように、未来人が見ることになる。今回の農政改革をこの答申で終わらせてはならない。

連載意見異見

おだぎり とくみ

1959年神奈川県生まれ。専門は農政学・農村政策論。著書に『農山村は消滅しない』(岩波書店)、『農村政策の変貌』(農文協)など多数。

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農政ジャーナリストの会 著

 ロシアのウクライナ侵攻、歴史的な円安、コロナ禍による流通混乱、気候変動による不作などを背景に食料価格の高騰が続き、改めて食料安全保障の問題がクローズアップされている。小麦などの輸入農産物だけでなく国内生産を支える肥料・飼料・燃料のコストも上昇を続け、日本の農業基盤そのものがグローバルな供給網の不安定化リスクにさらされていることも明らかになった。新たな局面を迎えた食料安保をどう考えるか。飼料・肥料の専門家・実務家、自民党農林族の重鎮、現場の農業者に、それぞれの立場から現状と課題を語ってもらった。