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ここが変だよ 日本の有機農業(第5回)有機農業の独立した体系的法律がない

西尾道徳みちのり

有機の酒類や薬草類を網羅せず

 日本には、有機農業に関する独立した体系的法律がない。アメリカやEUは有機農業に関する規則を独立した法律にしている。しかし、日本はそうでないのだ。

 「JAS法」も違う。1999年、食品の国際基準を作るコーデックス委員会が、有機農業の国際的ガイドラインを公布。それを受けて日本は、JAS法(農林物資の規格化及び品質表示の適正化に関する法律)の施行規則を改正。第四十条で、農林物資の区分の一部として有機産物も対象にするようにし、有機農産物や有機加工食品、有機飼料および有機畜産物(遅れて有機藻類)の区分を設け、各区分別の生産技術基準「日本農林規格」(JAS)を2000年以降に順次公布した。

 しかし当時のJAS法は、完成した製品の品質を規制する法律であった。有機農業は生産プロセスを重視するため、JAS法で扱うのには無理があった。このため、17年にJAS法を「農林物資の規格化等に関する法律」に改正し、対象をモノ(農林水産物・食品)の品質だけでなく、モノの生産方法、サービスや試験方法などにも拡大した。

 だが改正JAS法も、有機農産物すべてを網羅することはできない。新旧のJAS法とも、第二条において、法律の対象とする農林物資から、「薬事法に規定する医薬品、医薬部外品および化粧品」に加えて、「酒類」を除くと規定している。つまり農林水産物から作られたすべての有機産物が対象になるわけではなく、所管府省で分割規制されていることを示している。例えば酒類における有機の表示基準は、国税庁が所管している。

 対してEUやアメリカでは、ワインも有機農業規則の規制対象にしている。またEUでは、植物ベースの伝統的薬草製剤なども規制対象に含めていて、対象範囲がより広いのだ。

日本農林規格は法令でなく「告示」

 ところで、17年の改正JAS法の本文には、じつは「有機」という文字は一切ない。そして有機農産物や有機加工食品など五つある生産技術基準は、JAS法に基づいて農林水産大臣が制定した「告示」である。

 告示は「国民へのお知らせ」であって、国会が制定する「法律」と、国の行政機関が制定する法規範の「命令」の総称である「法令」ではない。

 日本農林規格は、欧米の法律である有機農業規則に比べて、法的位置づけが格段に低い。日本が農業のあり方としての有機農業を軽微に見ており、生産された有機農産物だけを評価しているという姿勢を反映しているのだ。

日本の基準に対するFAOの批判

 もちろん、世界的な評価も低い。FAO(国連食糧農業機関)は12年に、日本の有機農業の法的枠組みについて、次のように批判している。

  • 法的枠組みが断片的で、農林物資でない繊維や化粧品の有機生産基準を今後作る際には、まったく別の有機産物の法律を作らなければならず、有機産物を一元管理する枠組みになっていない。
  • 生産基準が他の国々のものほど詳しくない。例えば、転換期間のカウントは、認証を申請してから初めて開始されるという要件が明記されていない。また、同一農場において有機と慣行の作物の同時生産がどのような条件で認められるのか明確でない。さらに、狩猟や漁業で得られた野生動物による産物を有機畜産物から除外していないなど。

「有機農業」を再定義したい

 この日本農林規格とは別に、「有機農業の推進に関する法律」(有機農業推進法)もある。これは、有機JAS認証を受けていない、一般的名称としての有機農業にも国が支援を行なうことを規定した法律である。

 連載第1回に紹介したが、認証を受けた有機農業の他に、市場流通では「有機」という名称を使えないが、消費者を加えたグループ内で生産の方法やその実施を相互理解の上で生産し、消費・販売を行なう有機農業がある。有機農業推進法は、その二つの有機農業をともに国が支援することを規定したものである。

 この法律の第二条で「有機農業とは、化学的に合成された肥料及び農薬を使用しないこと並びに遺伝子組換え技術を利用しないことを基本として、農業生産に由来する環境への負荷をできる限り低減した農業生産の方法を用いて行われる農業をいう」と定義している。

 こうした有機農業の定義を巡っては、92年に農水省が告示した「有機農産物等に係る青果物等特別表示ガイドライン」について、FAOが次のように批判している。

 すなわち、「(日本の)有機農産物は有機認証を必要とせずに、生産プロセスで化学物質を少ししかまたはまったく添加しなかったものとする根強い誤解を引き起こした」。

 このガイドラインは、有機農業の詳しい生産基準を示すことなく、有機認証にも触れず、有機農産物を「無農薬栽培農産物」や「無化学肥料栽培農産物」「減農薬栽培農産物」「減化学肥料栽培農産物」と同列で提示している。そのために消費者の多くが、有機農産物は化学物質を少しくらい使ってもよいと誤解を与えると指摘しているわけだ。確かに、日本では有機農業の概念が正しく定着せずに、例えば「化学資材を使用しないのが有機農業である」と誤解されているケースが多い。化学農薬さえ使用しなければ、たとえ頻繁に土壌を消毒して同一作物を連作してもよいと考えられているケースも多いであろう。

有機農業の基本理念

 一方、有機農業推進法の第三条には、有機農業の基本理念として、自然循環機能や環境負荷の軽減、安全かつ良質な農産物に対する需要など、有機農業の意義などを記している。こうした理念を踏まえ、有機農業の定義を再検討することが望まれる。

 拙著『検証 有機農業』では、有機農業を「生物多様性、生物学的循環や土壌生物活性を含む農業生態系の健全性を促進や増進させるとともに、環境保全を図る全体論的な生産管理システムである。現地の条件に適したシステムとそれに必要な管理の仕方を用いる。これには、化学合成資材や外部から導入した資材を極力使用せず、システム内で調達できる資材を最大限用いて、栽培的、生物学的や機械的手法を用いて、システムの持つ機能を活用・強化して行なう。有機農業はこうした生産プロセス管理基準を重視し、その遵守が認証機関によって確認されるものである」と定義した。

『検証 有機農業 グローバル基準で読みとく 理念と課題

(西尾道徳著、定価6600円)

国内外の有機農業の理念と発展の歴史、環境に与える影響や収穫物の栄養について、世界中の研究成果をもとに、客観的科学の視点で冷静に検証した一冊。

日本も独立した有機農業法を

 第1回から指摘してきたように、日本の有機農業に関する法的規制には、欧米に比べて欠落した項目が少なくない。項目があっても具体的記述がなく、認証組織や農業者が対応に苦慮しているものも少なくない。

 そこで、JAS法から分離して、既存の生産技術基準をベースに、欧米並みの具体的な認証有機農業規則を記述する必要がある。

 そして、非認証の有機農業に関する「有機農業の推進に関する法律」と合体させ、生産者と消費者のグループが認証有機農業の規則に準じた生産を行ない、グループ内で自主的にチェックし合う場合にも、国等の支援を受けられることを明記することが望まれる。


著者紹介

東京都出身。農学博士。1969年農林省(農水省)入省。農業環境技術研究所長、筑波大学生命環境化学研究科教授、日本土壌肥料学会会長などを歴任。著書に『土壌微生物の基礎知識』『有機栽培の基礎知識』『検証 有機農業』(いずれも農文協刊)など。

検証 有機農業

西尾道徳 著

本書は、世界的に見た有機農業誕生から現在までの歴史、各国の有機農業規格、農産物品質・環境への影響、食料供給などの可能性を示し、日本での有機農業の課題を明らかにする。