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1本の木から多彩に染める リンゴ染め

青森・佐藤芳子

マークは本誌200ページに用語解説あり
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リンゴとともに70年

 50年前、20歳でリンゴ農家からリンゴ農家に嫁ぎました。舅・姑・大姑・小舅の大家族の中、3人の子を育てましたが、ただただ毎日夢中で必死でした。

筆者と主人、後継者の松岡泰河君。首のストールもリンゴ染めしたもの(写真はすべて田中康弘撮影)

 年月を重ね、子供の教育費が必要になってきた頃から、自由に使える現金が手元にない辛さを感じるようになりました。その頃は農家の規模にかかわらず、どの家庭でも嫁が自由に使えるお金はありませんでした。

せん定作業は主人の仕事。冬のせん定枝の樹皮を剥いで染料にする。今まで捨てるだけだったものが宝に変わった

 私たち夫婦は結婚するときに、出稼ぎはしないと約束しました。だから、主人と2人で現金を得る手段を模索し、子供の成長に合わせて8~10年ごとに、お歳暮用リンゴの宅配、リンゴや野菜の無人販売、ジャム加工やジュース委託加工など新しいことに取り組んできました。そうして教育費を得ながら、やがて子供たちも成人し、子育ても終わったとホッとした頃には50歳を過ぎていました。その間ずっとリンゴ農家ですので、「リンゴで元気になりたい」と考えてやってきましたが、この思いは変わることなく現在に至っています。

リンゴ一筋70年。加工にも取り組み、リンゴで経営と暮らしをつくってきた。息子夫婦に経営は譲ったが今も農作業は手伝う

草木染めという新分野への挑戦

 リンゴの枝や葉、花や果実を煮出した天然染料で染め上げるリンゴ染めに取り組み始めたのは2001年です。草木染めという、それまで手掛けてきた食品加工ともまったく違う分野への挑戦でしたが、観光客のお土産にしてもらえればと思い、最初から仕事として取り組み始めました。

 仕事にするならきちんと学ばねばいけないと、まずは京都の老舗の染め物屋で2日間研修を受け、ハンカチを染める基本技術を教わりました。染める布にもこだわったため、材料費や道具代、設備費など初期投資は200万円以上になりましたが、半額は県の助成を受け、残りは自己資金で賄いました。

「リンゴではよい色が出ない」と言われたが

 準備が整えば、原材料となるリンゴの木だけはたっぷりあるので、あとは工夫と研究あるのみ。きれいな色を出す工夫を何度も試しました。

 手始めに冬のせん定枝を煮込んで染液を作り、布を染めるとベージュ色になりました。リンゴ染めを始める際、いろいろな方から「リンゴではよい色が出ない」と言われましたが、それはこういう色になるからかと思いました。

 それでも諦めずに、樹齢100年以上の古木を切る時があったので、その樹皮を剥いで煮込んだ染液で染めてみました。すると深いこげ茶色、さらに媒染剤をチタンに変えるときれいなレンガ色に染まりました。リンゴでもこんなよい色が出るではないかと、だんだんとおもしろくなってきました。

 春になると、摘花作業で摘んだ花を煮込んで染液を作ってみました。今度は淡い黄色に染まりました。

 摘果の季節は忙しいので染色作業はなかなかできずにいましたが、リンゴ染めを始めて3年ほど経った頃、主人が足元にいっぱい転がる摘果果実を指して「これでも染めてみたら」と言ってくれました。さっそく試してみると思いがけなく念願だったピンクに染まりました。そこから濃淡を調整してみようと、媒染剤を鉄に変えると品のよいグレーに染まりました。

左のオレンジ系の4色は樹皮から、右のグレーやピンクの4色は摘果果実から生まれた。染料の素材や媒染剤の組み合わせの違いで、1本の木から思わぬ色が生まれるのがリンゴ染めの醍醐味

皮から生まれたアップルグリーン

 じつは草木染めの世界では、よい緑色は複数の染液を組み合わせないと作れないと言われています。私は葉を使って緑色が作れはしましたが、退色しやすいという欠点があり、商品としてはどうかなと思っていました。

 しかし、ある時、紅玉でジャムを作る際に、煮出して色付け用に使ったリンゴの皮を捨てながら「まだ色が残っているこの皮で染液が作れるのでは」とひらめきました。しかし、実際に試してみると、染液はピンクなのにどうしても布はピンクに染まりません。

 「あなたはいったい何色になりたいの」とリンゴの皮と向き合いながら媒染剤を加減したり試作を続けるうちに、思いがけず布が淡い緑色に染まりました。アップルグリーンの誕生です。リンゴの木はこんな色も出せるのかと驚きました。

 その他に、夏場に切り落とした徒長枝の葉でもリンゴ染めができます。夏に取った葉で染めると澄んだ黄色に染まり、さらに媒染剤をチタンに変えるとスカッとしたオレンジに染まります。

 このように私のリンゴ染めはリンゴの木の今まで捨ててきた部分ばかりを使います。どの色も「もったいない」と思う気持ちから生まれた色だと思っています。まだまだ色は生まれると思いますし、私の試作は続きます。

アイテム数を増やして販路拡大

 染色技術の研究と併せて販売でも努力を重ねてきました。商品価値を高めようとハンカチ、ストール、スカーフ、暖簾などさまざまな色で染め上げました。また、当初から考えていた「リンゴ染めを通じてまわりの人も元気になれば」との思いから数人に依頼して、リンゴ染めの生地でブローチや小銭入れ、ポーチ、ティッシュケース、洋服なども作っています。

リンゴ染めの素材で作った商品。製作は地域の人に依頼している。ポーチやブローチは900円~、ティッシュケースは1300円~。観光施設などで販売し、温かみのある色合いが観光客からも好評
リンゴ染めしたこぎん刺し用のこぎん糸(綿)。素材の種類に応じて、媒染方法や染め方は変える。研究次第でリンゴ染めの可能性はまだまだ広がりそう

 アイテム数を増やすことは販路拡大につながります。販売ではジャム加工の際に弘前観光コンベンション協会・弘前物産協会に加盟していたことも力になりました。現在は物産館などで地域の工芸品として販売しています。

 また、リンゴ染めは誰でもできるので、公民館、JA、保育園、小学校、養護学校、デイサービスなどで出前講座も年10回以上開催しています。簡単にいろいろな模様ができる「輪ゴム絞り」という手法でハンカチを染めますが、幅広い年齢層の方が挑戦し、染め上がるとみな歓声を上げます。

若き後継者も登場

 コツコツ続けてきたリンゴ染めですが、畑の面積が以前の倍以上に増え、息子らは染め物に興味がないようだったのでリンゴ染めの縮小を考えていた2016年の春。卒業間近の高校生、松岡泰河君が「リンゴ染めをやりたい」と志願してきました。人の雇用は未経験でたいへん悩みましたが、せっかく生まれたリンゴ染めが私一代で終わるのも残念だと、その年の4月から2人で取り組むことになりました。一緒に作業してみるとねぷた絵師の彼は私以上に世間が広く、時々「どちらが弟子?」と思う場面もあります。おばあさんと孫のような2人の珍道中がこれからも続くものと思っています。

作業は薬剤の排水処理なども整備した工房で行なう。松岡君がリンゴ染めの布に絵を描く。彼には農作業や加工も手伝ってもらう。非農家出身で農作業はたいへんそうだが頑張る姿は頼もしい

(青森県弘前市)


ーリンゴ染めの手順(せん定枝の樹皮で染める場合)-

 リンゴ染めも、植物の色素で染める草木染めの一種。染液作り→染色→水洗い→乾燥という手順は基本的な草木染めと同じ。染料となる素材、染める布の種類、媒染液の違いでさまざまな色に染め上がる。

◆染液作り

煮出す

せん定枝から手で剥ぎ取った樹皮を適当な大きさに細かくちぎって鍋に入れる。5~ 6ℓの水に1ℓのボウル1杯分の樹皮を入れて、火にかける。沸騰したら弱火にして30 分ほど煮出す

濾す

煮出した液を濾し布にあけて染液を取り出す

媒染剤を加える(同浴媒染

市販の媒染剤を染液に加える。オレンジにしたいときはチタン、こげ茶にしたいときは鉄の媒染液を使う。アルミや銅、錫《すず》を使うこともある。水1lに対してだいたい10mlなど量は大まかで構わない

◆染色・水洗い

染色する

布(前処理済み)をぬるま湯に10分ほど浸けてから、30~40℃の染液に20分ほど浸して染色する。ぬるま湯に浸けてからだとよく染まる。媒染剤は錫。染液も高温でないほうがムラになりにくい
反対側は媒染剤を鉄に変えた染液で

洗う

水で染液を洗い流す。染色と水洗いを3回以上繰り返して、しっかりと染め上げる

◆乾燥

乾かす

 脱水して、室内で乾かす。左が樹皮の染液、右が摘果果実の染液で染めたもの。乾くとさらに色が落ち着いてきれいに染め上がる

ことば解説

媒染

 媒染剤によって染料を繊維に固着させること。媒染剤はアルミ、鉄、銅、錫などさまざまあり、種類によって発色も変わる。また、染液と媒染剤を混ぜてから染める同浴媒染以外に、布をあらかじめ媒染する先媒染、布を染液に浸してから媒染する後媒染がある。

布の前処理

 綿や麻は染まりにくいので、市販の薬剤に浸け込む処理(濃染処理)をする。豆乳や五倍子(ヌルデのこぶ)で処理する方法もある。絹やウールは無処理でも大丈夫。


*月刊『現代農業』2019年3月号(原題:染料はせん定枝・摘果果実・葉 1本の木から多彩に染める リンゴ染め)より。情報は掲載時のものです。