秋田県・田口千鶴子さん
花粉症のつらい季節がやってきました。鼻水、くしゃみ、目のかゆみが、なんと畑のあの植物でラクになるようです。現代農業2017年3月号「花粉症に効くもの、見つけた!」コーナーの記事のなかから1本お届けします。
杉林に囲まれて育った
大仙《だいせん》市の旧土川《つちかわ》村は谷間《たにあい》にあり、ぐるりの山にはスギがそびえている。山から吹き下ろす強風の防風林や材木にする目的で、屋敷の北側にスギを植えている家がいくつかある。今回お邪魔した田口千鶴子さん(64歳)の住まいにもスギが植えられていた。
田口さんは生まれも育ちも土川村。幼いころからスギ花粉を浴び続けて育った田口さんは15歳の春、くしゃみと鼻水が止まらなくなり、目がかゆくなった。まだ花粉症という言葉がなかった頃だから、「自分はアレルギー体質なんだ」と思ったそうだ。本格的に農業をやるようになった25歳の春以降、花粉症はさらに悪化。春が近づくと神経が高ぶり、夜はマスクを着けなければ眠れないほどにまでなった。
「春なっだら内科さ行っで、薬貰うんだ。ほだども薬飲めばな、今度寝ぶだぐなっで意識がスギっとさねんだ。涙は止まんねえしな。ほでしょっちゅう鼻水をばかむもんだがら耳が痛くなって、こんどは耳鼻科さ行っでだ」
そんな田口さんに転機が訪れたのは3年前の3月。自身も野菜や漬物を出荷する直売所「大綱の里」で西洋ワサビに出会ったことである。
ツーンときて、スーッと収まった
西洋ワサビは、雑草以上に生命力が強いといわれる作物だ。草丈は最大1・3mと本ワサビ(沢ワサビ)の倍以上で、収量はおよそ2・5倍。大きな体で盛んに光合成をし、根茎に養分を送り太くて長い根をたくさん作る。その辛みは本ワサビよりも強い。市販品のチューブワサビには、西洋ワサビが原料に使われているものが多いという。
当時、そんなことは知らなかった田口さん。大仙でワサビができるのか、珍しいから試しに、と買ってみた。すりおろした西洋ワサビを小さじ半分ご飯にのせ、醤油を少し垂らして食べてみた。
「なんも辛ぐねえべって、一口で食っだらツーーーーンときでな、息するのも大変だっだ。ほで辛さが収まった頃、鼻がスッキリしでたんだ。あのムズムズも鼻水も、おまけに涙も止まっだ。痛かった耳もあっちゅーまによぐなっで……その晩、おらはマスクもせずにへっへど(清清して)寝ただ」
ちょっとずつなら「なぼでも食えら」
西洋ワサビには花粉症の症状を改善する効果がある。そう確信した田口さんは翌日、買ってきた西洋ワサビをまとめてすりおろして醤油をかけ、ビンに詰めて保存した。
前日の反省も踏まえ、小さじ半分ほどの醤油漬けを、3回に分けて食べることにした。
「ツーンとすんだども、旨みと甘みもあってうめんだ。なぼでも食えら」
以来、醤油漬けは田口さんの常備菜となり、一日3食、ご飯の上にのせて食べ続けた。するとこの年、長年苦しんだ花粉症の症状はまったく出なくなった。処方された薬は飲まず、マスクを着けない日もあった。それでも平気になったのだ。
ちなみに田口さん、市販品のチューブワサビでも同じように試してみたが、生の西洋ワサビほどガツンとくる辛みがなく花粉症の症状を軽減するには至らなかったそうだ。
辛み成分が花粉症に効く?
なぜ西洋ワサビが花粉症に効いたのか? 西洋ワサビも本ワサビも辛さの元はイソチオシアネートだが、その中でも「6―メチルスルフィニルイソチオシアネート」(6―MSITC)という成分に花粉症を軽減する効果があるという。金印わさび機能性研究所によると、6―MSITCを配合したサプリメントを花粉症患者に12週間摂取してもらったところ、そのうち7割で鼻水、目のかゆみが軽減され、6割がくしゃみの軽減効果を感じたそうだ。
この6―MSITCはおもに本ワサビに含まれているが、西洋ワサビにも微量ながら含まれている。田口さんの花粉症が改善されたのはこの辛み成分の影響があるのかもしれない。
栽培は超カンタン
西洋ワサビにすっかり惚れ込んだ田口さんは去年、出荷者の許可を取り、直売所で買った西洋ワサビをタネに自分でもつくるようになった。栽培のポイントを聞いてみると……
「じょさね(簡単だ)。根っこちぎって土かげとげば、なぼでもおがる(茂る)」とのこと。西洋ワサビは繁殖力が強く、秋田県には西洋ワサビが雑草化している場所もあるそうだ。
放っておいても勝手に育つのだが、大きな株に育てたい田口さんは植え付け前に堆肥をまいた。そして迎えた収穫。できあがった株は一番上の写真の通りである。
収穫は2~3月
栽培は簡単なのだが、収穫時期だけは気をつけなければいけない。
「さびい時期でないと辛み出ねえんだ。まだぬぐいどきのはなんも味しねえし、春なれば辛み抜げる。おれは2~3月頃なっだら掘り返すつもりだ。花粉症の時期にピッタリだべ」とのことだ。
岐阜大学でワサビの研究をしている山根京子助教によると、ワサビは生育の過程で根茎にアミノ酸(メチオニン等)を溜め込む。寒くなるにつれワサビはアミノ酸から糖を生成し、糖度を高めて体が凍るのを防ぐ。この糖をもとに辛み成分は作られるため、寒くなるほど辛さが増すという。
すこぶる旨くて花粉症に効く。この話が広まってか、大綱の里では春になると西洋ワサビが密かに売れているそうだ。
*月刊『現代農業』2017年3月号(原題:絶品、西洋ワサビの醤油漬けが劇的に効いた)より。情報は掲載時のものです。