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あああ

第1話:クラファンやります!波照間島で五穀農家になりたい方、大募集│続・チバッてます! 沖縄雑穀生産者組合

西里さん

2024年に連載して好評だった「チバッてます!沖縄雑穀生産者組合」の続編がついにスタート!

前作(全5回)では、沖縄・八重山諸島の五穀(=雑穀)栽培や農耕儀礼の魅力を沖縄雑穀生産者組合組合長の中曽根さんに紹介していただきました。続編のテーマは……『五穀農家になりたい』人の募集。10月13日からは同テーマのクラウドファンディングもスタート。どうぞお見逃しなく!

執筆者:中曽根 直子

皆さん、2年ぶりに帰ってきました! 沖縄雑穀生産者組合の中曽根直子です。

前回の連載では、沖縄にかつてたくさんあった雑穀が失われつつあること、雑穀が持つ可能性や祭祀との関わり、祭りに欠かせない神酒や餅がアワでつくられてきたことなど、さまざまな切り口で沖縄の雑穀についてお伝えしました。

そして今回、なぜ連載を再開したかと言いますと、2026年10月13日より、「日本最南端・波照間島から未来へ!琉球から続く五穀栽培の後継者を育てたい!」と題して、クラウドファンディングを行なうことになったからです。

メイン画像
クラウドファンディングのメイン画像

五穀(=雑穀)は島の宝

私は自身が手掛ける「浮島ガーデン」(那覇市)で雑穀を使ったヴィーガン料理を提供するため、アワや高キビなどの雑穀の栽培を復活させる取り組みを、15年間続けてきました。

この活動を通して、実にたくさんのことを八重山のお年寄りから教えていただきました。

「昔は一面のアワ畑だったよ」

「若い頃、アワで口噛みをしていたよ」

「タカキビなんて、あんな大事なもの、なんで無くしたかねぇ」

90代以上の方々から聞く、雑穀が当たり前に栽培されていた頃の話は、驚きとワクワクの連続でした。なかでも、一番たくさんお話を聞かせていただいたのが、竹富島の前本隆一さんです。

前本さんによると、70年ほど前まで、竹富島では、島のほとんどの人に収入がなく、お金をほとんど使わない暮らしをしていたそうです。そのため、食べものはそれぞれの家庭でつくっていて、前本さん自身も、常に農事暦を意識しながら暮らしていたとおっしゃっていました。

驚いたのは、サンゴが隆起してできた、土の少ない竹富島で、戦後間もない頃まで、食べるものほとんど全てを自分たちで栽培していたということです。

竹富島では田んぼがつくれないため、由布島まで船を漕いで田植えに行っていたそうです。

え?船を漕いで……?想像しただけで、バテそうです。さぞかし体力のつくものを食べていたのだろうと思えばそんなことはなく、日々の食事はイモを中心に、アワやタカキビ、ムギ、豆類、薬草、魚などの粗食で、お米はほとんど食べさせてもらえなかったと。どうしても食べたいときには、「母ちゃん、おなかが痛いよ~」と体調不良を訴えるのが常だったと、笑って振り返っておられました。

そんな暮らしをされてきた前本さんに、「前本さんの体は、何の食べものでできていますか?」と聞いてみると、「イモだね」とすぐさま答えが返ってきました。

健康長寿の背景には、農業で体を動かし、島で採れるものを中心に食べてきたからなのかもしれません。そんな前本さんは今年、めでたく97歳のマンダラー祝い(カジマヤー)を迎えられました。

マンダラー祝い
雑穀のことや昔の暮らしについてたくさん教えてくれた前本さん マンダラー祝い(竹富島の方言でカジマヤーのこと)のとき

雑穀研究者の増田昭子先生は、著書『雑穀の社会史』(吉川弘文館)の中で、「雑穀」という言葉は「米を対極においた軽視された穀類」という意味を持つと指摘されており、その一方、「八重山では本土でいう雑穀を『五穀』というのである」と書かれていました。

その言葉に「確かにそうだ」と気付かされました。「雑」の一文字で括るのではなく、「五穀」と呼ぶほうが、沖縄の人々が大切にしてきたものを、より正しく表しているのではないか。そう気付いてからは、私も「雑穀」ではなく、「五穀」と呼ぶようになりました。

フカンギ
前本隆一さんにつくり方を教わった伝統的なお餅「フカンギ」 

沖縄で五穀農家を育てるプロジェクト始動

さて、いつの時代も五穀豊穣を祈り、稔りに感謝しながら、沖縄の先人たちは暮らしてきたわけですが、今、その五穀はほとんど栽培されていません。かろうじて、もちきびは粟国島や渡名喜島、波照間島などに何名かの農家いますが、高齢化し、離農される方も増えています。

そして現在、アワやタカキビ、モチキビなど、5種類以上の五穀を栽培できる生産者は、波照間島「とんちぇ農園」の西里正善さん、ひとりになってしまいました。

五穀は、沖縄の伝統文化と深く結びつく「スピリットフード」。この大事な作物を、私たちの代で失ってしまっていいわけがありません。なんとしても未来へつなぎたい。

そこで今回、新しい形のクラウドファンディングを行なうことを決めました。五穀農家を育成するというプロジェクトです。

今年72歳 波照間島の五穀農家・西里正善さん
波照間島の五穀農家・西里正善さん(72歳)

このプロジェクトでは、西里さんのもとで1年かけて栽培技術を学び、その後もとんちぇ農園で五穀栽培を継続して下さる方を最低1名、最大3名育てます。そのために必要な費用をクラウドファンディングで募ります。

詳細はCAMPFIREのサイトをご覧下さい。

農家になりたい人の募集条件

ここからが重要なのですが、クラウドファンディングと同時に、波照間島で五穀農家になりたい方を募集します。『現代農業』の読者の皆さんなら、五穀栽培に興味のある方が、きっといらっしゃるはず!

応募条件は次の通りです。

・40歳以下であること

・普通自動車の運転免許を持っていること

・2027年1月中旬、少なくとも4月から波照間島に住めること

・研修後に、最低3年、波照間島で五穀栽培に携われること

・書類審査後、オンラインで面接。面接に合格した場合、来島していただき、1週間の研修を受けていただける方

1週間の研修を通して、実際の農作業への適性などを双方で確認したうえで、最終的な研修生を決定します。

農家へ応募したい方は西里さんへ直接お問い合わせ下さい。

西里正善さんのEメール:tonche49@gmail.com

*送信する際は@を半角に直してお送り下さい

西里さんに教わりながら高キビを脱穀する高校生
とんちぇ農園での研修のようす(高キビの精白)

高校生たちと五穀について学ぶ

さて、未来へ五穀をつなげていきたいと、昨年から若者たちと共に新しい取り組みをスタートさせました。石垣島にある八重山農林高校と八重山商工高校の郷土芸能部の高校生たちと五穀について学ぶ、「五穀継承プロジェクト」です。

<写真6)このプロジェクトがきっかけとなって両校は合同チームを結成。県大会で優勝し、今年、秋田で行われた全国大会で見事3位に>
このプロジェクトがきっかけとなって両校は合同チームを結成。県大会で優勝し、今年、秋田で行われた全国大会で見事3位に

2年目となる今年は波照間島へ行き、西里さんの指導のもと、タカキビの収穫・脱穀・精白を学びました。農林高校の生徒さんたちは、さすが!はじめての脱穀も慣れた手つきでした。

前回の連載(第2話)でも写真を掲載しましたが、西里さんは、廃材で脱穀機を手づくりしたり、ボールペンの軸を抜いて空洞にし、そこに掃除機を取り付けて吸引式の色彩選別機をつくったりと、創意工夫で農業を楽しんでいます。

もちきび栽培を始めた頃につくった吸引式色彩選別機
西里さんがモチキビ栽培を始めた頃に自作した吸引式色彩選別機。不要な粒を一粒ずつ吸い取ることができる

西里さんが25年かけて培ってきた栽培技術は、どんな教科書にも載っていない唯一無二の宝です。この技術や知恵を、ぜひ次の世代へつなげていきたい。そして、五穀豊穣の沖縄をもう一度、よみがえらせたいと願っています。日本のどこかに沖縄の五穀を未来へつなぐ人がいるはず。ぜひこのクラウドファンディングの応援・拡散(シェア)に、力をお貸しいただけないでしょうか!

西里正善さんの人と成りや、農業に対する姿勢がよくわかる3分間の動画をつくりました!

ぜひ、ご覧ください。

次回は、クラウドファンディングにむけて伊良部島の「宮の華」で製造していただいた、タカキビのお酒についてです!

お楽しみに~!

2026年10月13日より、「日本最南端・波照間島から未来へ!琉球から続く五穀栽培の後継者を育てたい!」と題して、クラウドファンディングをスタート!ぜひ、ご覧ください。