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アフリカの小農が断念させた日本の「国際協力」――プロサバンナ事業「完了」の顛末

レイモンド・エップ氏の連載「レイモンドからの手紙」第20話(2025年12月号)では、知られざる大問題「プロサバンナ事業」について語られらました。ここでは、そのプロサバンナ事業「完了」の顛末について詳しく書かれた、舩田クラーセンさやか氏の記事をご紹介します。

連載意見異見

執筆者:舩田クラーセンさやか(国際関係学博士

『現代農業』2021年2月号 「アフリカの小農が断念させた日本の「国際協力」」より

フリカ・モザンビークの小農運動が8年にわたって反対を唱え続けた、日本の大型農業開発援助「プロサバンナ」事業が中止されました。この事業は2009年の麻生太郎首相(当時)のサミット参加に合わせ、日本がブラジルのセラード地帯で「成功した」と主張する大規模な農業開発協力事業を、「未使用地が広がるアフリカの農業開発」に役立てるとの触れ込みで政策立案されたものでした。50を超えるアフリカ諸国の中で最初の事業対象地として選ばれたのがモザンビークでした。この国の北部がセラード地帯と「同じ緯度・類似の農学的環境」にあり、ブラジルと同じ公用語(ポルトガル語)で、そして地元の農民が「粗放的な伝統農業」しか知らず、「広大な不耕作地が広がる」という理由からです。そして、日本とブラジルの資金と技術でモザンビーク北部の内陸部をセラード地帯のような大豆・穀物の「一大穀倉地帯」に変貌させ、両国の私企業(三井物産とヴァーレ社)に鉄道・港を整備させ、アジアや日本の市場に原材料を供給する絵が描かれました。

 日本の官民を動員した「オールジャパン」の壮大なる夢計画は、池上彰氏の民放番組やNHKなどでも取り上げられ、大々的に喧伝されてきました。事業の立案をしたのは、日本の政府開発援助を一元的に担う(独)国際協力機構(JICA)です。かつてJICAはブラジルのセラード地帯を「不毛の大地」と呼び、大規模開拓を行ないました。しかし、じつはセラード地帯はアマゾンに次ぐ多様な生態系の宝庫であるとともに、その豊かな森林が南米の一級河川の水瓶として機能していました。同様に、モザンビーク北部も同国の森林の7割が集中する一方、最大の人口(8割以上が小農)を誇る地域でした。つまり、事業立案の前提は根幹から間違ったものでした。

れでもJICAは1980~90年代にかけて、セラード地帯の30万ha以上(東京23区の5倍近く)を「開墾」し、先住民族から森林を、小農から農地を奪いました。そして大豆の大規模生産は、地下水を奪い、農薬の大量使用によって河川の汚染を招きました。現在、この地域の母親らの母乳からは、高い濃度の農薬が検出されています。輸出用作物の大規模機械化農業は生態系を激変させ、「農民なき農業」が推し進められるなか、小農は生計の糧を失い、都市への滞留者も続出しました。

 しかし、セラード地帯の小農や住民はただ手をこまねいていたわけではありません。軍事独裁下のブラジルで身の危険を顧みず、多くの人びとが事業の反対運動に身を投じました。これを最前線で支えたのが、カトリック教会でした。この運動は現在では、ブラジルだけでなく南米の「土地収奪抵抗・土地回復運動」の母体となりました。

 JICAはこの教訓から学ぶことなく、ブラジルと日本の官民を引き連れてプロサバンナの対象地に現われました。「投資促進ミッション」との名称で、日本の援助が使われたこの12年の視察は、モザンビーク小農運動(モザンビーク全国農民運動、UNAC)の危機感を喚起しました。UNACは、ブラジルの社会運動の助けを得て、セラード地帯の生態系・社会の変化を調査し、また事業に関与する日本・ブラジル・モザンビーク政府にインタビューした結果をプロサバンナ対象地の小農と共有しました。そして、何日にもわたる議論を経てプロサバンナ反対声明を作成・発表しました。なお、UNACは世界の2億人の小農が加盟する国境を超える農民運動「ビア・カンペシーナ」にも加盟しています。そこに、日本の市民社会も加わり、3カ国の市民社会によるプロサバンナへの反対運動が始まりました。

ザンビーク小農運動の反対は、3カ国の市民社会だけでなく、土地収奪と闘っていた世界各地の小農や先住民族・環境・人権運動、そして「家族農業の10年」「国連小農権利宣言」の成立を目指したビア・カンペシーナなどの小農運動とつながり、世界的に注目を集めました。その結果、JICAは「セラードモデル」「大規模土地開拓」「アグリビジネス投資」「輸出型農業」の看板を降ろしましたが、一方で小農の反対運動を潰すための「コミュニケーション戦略」に乗り出していきます。

 日本の政府開発援助(ODA)予算を使って策定された『プロサバンナ:コミュニケーション戦略書』(13年9月)には、驚くべきことが書いてあります。「モザンビーク組織の実効力を減らす」「農民を代表するこれらの組織の信用を低める」……などです(戦略書34ページ)。99年制定の「情報公開法(行政機関の保有する情報の公開に関する法律)」は、JICAにも適応されました。プロサバンナに関して公開された文書の大半は真っ黒塗りでしたが、この箇所の文書はポルトガル語であったため、そのまま開示され、この記述が発見されたのです。

 しかし、作成後3年近くが経過していました。その間に、すでにJICAは地元NGO・メディア関係者を雇い、モザンビークの小農運動を含む市民社会やリーダーを秘密調査し、「事業への立場」「影響力」「団体間・内の対立関係」「事業との同盟関係構築の可能性」を調べさせ、4色に色分けし(「赤=反対派」「緑=協力的」等)、「赤」の排除と「緑」への働きかけが行なわれていました。これらの秘密活動は内部告発者によるリークによって発覚しました。それでもJICAは現地市民社会への介入を止めず、16年11月には2200万円ものコンサルタント契約を「緑」の団体に与えます。そして、契約事実を伏せたまま、契約先団体代表を「市民社会のリーダー」として地元新聞にインタビューさせ、反対を続ける組織を糾弾させました。

 「プロサバンナ」の逸脱と腐敗は明らかで、業を煮やしたモザンビーク弁護士会は、事業を所管する農業省「プロサバンナ調整室」に対し行政訴訟を起こしました。そして18年8月、事業に違憲判決が下されます。しかし、日本政府はこの結果を無視し続けました。そこで日本の超党派議員10名が、19年9月から公開での追及を開始し、その模様は民放や新聞によってお茶の間に紹介されるようになりました。追いつめられた日本政府は20年夏に突然「プロサバンナ事業の完了」を発表。実際は、数々の不正義にも決して諦めなかった地元小農運動の、反対運動の末の勝利でした。

 日本の公共事業は「止まらない」ことで有名です。住民の粘り強い反対や選挙での民意の意思表示が踏みにじられ、賛成派づくりのための資金投入がなされる――特にダムや原発、基地建設で行なわれてきました。このような日本独特の手法が、安倍政権下、公的機関(JICA)の「援助」により、皆の税金を使い、現地の小農や市民社会に対して行なわれていたのです。これは遠い国の出来事ではなく、日本の政策と地続きです。種苗法の「改正」も行なわれました。今こそ、日本と世界の農家が「農民の権利」の具現化に向けて、手を携えることを心から願っています。

舩田クラーセンさやか

舩田クラーセンさやか(ふなだ くらーせん・さやか) 京都府生まれ。国際関係学博士。東京外国語大学教員を経て、現在明治学院大学国際平和研究所研究員。主著に『モザンビーク解放闘争史』(御茶の水書房)、監修に『グローバル時代の食と農』シリーズ(明石書店)、監訳に『国境を超える農民運動~世界を変える草の根ダイナミクス』(同)。共著に『よくわかる 国連「家族農業の10年」と「小農の権利宣言」』(農文協)。日本と世界の市民社会・研究界をつなぐ活動を続けている。

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現代農業 2025年12月号

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