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〈脱ネオニコは止まらない〉果樹農家の脱ネオニコを支えるオーナー制度

◆文中の4A1Bなどの記号は農薬の効き方ごとに分類した「RACコード」。

長野・山下一樹

筆者(右)と家族。リンゴの圃場約6.5haで脱ネオニコに取り組む
ミツバチ大量死の原因とされるネオニコチノイド系殺虫剤 4A 。人間への影響を疑う研究も相次ぎ、脱ネオニコに舵を切る農家が少しずつ増えてきた――。

きっかけは消費者からの強い要望

 親元就農して13年目、現在、長野県飯綱いいづな町のリンゴ生産者グループ「アップルファームさみず」の代表をしています。アップルファームさみずは会員の生産者23名と直営農場からなり、登録圃場面積は約50haになります。会員は基本的にリンゴ専業で、国の特別栽培基準に準じる環境保全型農業に取り組んでいます。出荷先は首都圏の生協や、有機・特別栽培など安全性に配慮した農産物を扱う食品宅配会社が中心です。

 脱ネオニコは2013年頃、取引先の一つである「よつ葉生協」(栃木県)から依頼されたのがきっかけです。

 ネオニコチノイド殺虫剤の問題はその少し前からニュースになっていましたが、私たちの当時の防除暦では殺虫剤全7剤のうちネオニコ系が2剤(ダントツとモスピラン)あり、欠かせない系統でもありました。しかし、消費者からの強い要望です。実験的に、一部の圃場の防除暦からネオニコを外すことにしました。

 ネオニコには個人的にも関心がありました。近年は地域的にリンゴの着果不良が問題となっています。主な原因は異常気象だと思いますが、ネオニコの使用も遠因ではないかと思っていました。実際、特に開花期のハチの活動は昔と比べものにならないほど少なく、以前なら必要なかった人工受粉をするようになりました。

 また、私自身2児の父として、仕事場であり生活の場でもあるリンゴ畑で、人体への影響が懸念されている農薬はできるだけ使いたくないとの思いもありました。

リンゴワタムシの被害が出るように

 ネオニコを使わなくなって、困るようになったのがリンゴワタムシ(メンチュウ)でした。ネオニコを使わなくても、有機リン系殺虫剤1Bを使えば抑えられる害虫ですが、私たちの取引先はもともと有機リン剤も使用禁止農薬に指定しています(サイアノックス水和剤だけは使用可能)。有機リンとネオニコを使わなくなって、リンゴワタムシが生き残るようになったわけです。

 防除で大事なのは、とにかく越冬世代からの密度を抑えること。そのため性フェロモン剤のコンフューザーRを全園に設置して、マシン油(カイガラムシ類に登録あり)必須で対策してきました。

 また一昨年まで、こちらも本来ならネオニコがよく効くキンモンホソガの被害も深刻になり、今年からはコンフューザーAAに切り替えて取り組んでいます。

 ネオニコ系のダントツ、モスピランの代わりに使うのはジアミド系28の殺虫剤やディアナ(またはスピノエース)5。使える農薬の選択肢が限られる上、特栽の回数制限もある中で、薬剤抵抗性がつかないよう系統ローテーションには特に気を遣っています。圃場をよく観察し、ベストなタイミングで使うのも重要です。

 さらに、風通しのいい樹形になるようせん定し、リンゴワタムシの発生しやすい徒長枝は、できるだけ夏に切るようにしています。最近は、徒長枝が出にくい樹形を試しています。農薬に頼るだけでなく、耕種的防除も組み合わせないと、脱ネオニコはムリだと思います。

リンゴワタムシの被害

被害のリスクは消費者と分け合う

 脱ネオニコに取り組み始めて10年近く。当初に比べれば害虫被害を抑えられるようになってきましたが、ゼロにはなりません。被害のリスクを、誰が負担するのかという問題が発生します。年1作の果樹において、そのリスクは経営上とても大きなものとなります。

 そこでよつ葉生協が考えたのが「オーナー制度」です。冬になるとよつ葉生協が、ネオニコ不使用リンゴのオーナーを募ります。1口2700円。9〜翌1月の5回に分けて、1回900gの旬のリンゴが届く仕組みです。一種の契約栽培ですね。生産者からすれば、栽培開始前に販売量と販売額がわかるので、とても助かります。

 単価は通常のリンゴより高めに設定してありますが、それでもオーナーは年々増加。当初700口程度だったのが、現在では約3700口(全組合員数の約2割)まで増えました。とにかく、消費者の支持の大きさに私たちが驚いています。

 年によっては、リンゴワタムシの被害で一部汚れたリンゴになってしまうこともあります。汚れはできるだけ拭きとってからお届けしますが、市場出荷や系統出荷ではとうてい相手にされない外観になることもあります。リンゴの外観のみが価値基準の農業であれば、脱ネオニコは間違いなく意味のない取り組みです。

 しかし、よつ葉生協の組合員さんには、ネオニコ不使用の現実をしっかりお伝えしたうえで、理解して購入してもらっています。ちゃんと伝えることが重要です。傷みやキズリンゴは返品になりますが、リンゴワタムシの被害についてクレームをもらった記憶はありません。

 オーナー制度は、脱ネオニコのリンゴを買い支えるという意思表示です。ネオニコを使わずにできたリンゴの「ありのまま」をお届けするという意味では、被害のリスクを生産者と消費者で分け合っているともいえます。

 ちなみに私の場合、脱ネオニコを謳って販売するのはよつ葉生協に出す一部のリンゴだけです。しかしそれ以外の圃場も基本的にすべて脱ネオニコに取り組んでいます。どうしようもない被害が出そうな時に、一部のみ使うこともありましたが、その圃場でとれたリンゴはよつ葉生協には出荷していません。ここ数年はずっと、全圃場でネオニコ系殺虫剤を使っていません。

仲間が増えてきた、害虫は減ってきた

 アップルファームさみずでネオニコを使わない農家が少しずつ増えて、去年は7戸が取り組みました(うち5戸がよつ葉生協に出荷)。特に若手や新規就農者に興味を持つ人が多く、取り組む農家の平均年齢は若めです。

 よつ葉生協で脱ネオニコのリンゴ販売はオーナー制以外でも広がり、取引総額も増えています。それだけ、ネオニコフリーのリンゴを欲しがる声があるということ。農家が思う以上に、関心は高いと実感しています。

 一方で、ハチが増えたとは正直まだ感じられません。隣の園ではネオニコを使うのが当たり前ですし、取り組みが地域的に広まらないと、生きものの変化を感じるのは難しいかもしれません。

 ただし、脱ネオニコを始めた当初よりも、害虫の被害はかなり減ってきたと感じています。対策を講じてきた成果なのか、それとも自然生態系のバランスができてきたおかげなのかはわかりません。

脱ネオニコの技術を高めたい

 今はまだ、農薬の系統を意識せず、ネオニコ系かどうか知らずに使っている農家も多いのが実態です。

 今後、取り組みを地域に広げていくには、技術面の課題もあります。例えば現在、天敵カブリダニの活用で、殺ダニ剤の使用は年1回以下に抑えています。リンゴワタムシの天敵ワタムシヤドリコバチを温存・活用できれば、その被害も大幅に減らせる可能性があります。

 圃場や地域ごとのブロックローテーションを取り入れるなど、結果的にネオニコの使用量を地域全体、社会全体で減らしていければと願っています。

(長野県飯綱町・アップルファームさみず)

現代農業2022年8月号
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