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ここが変だよ 日本の有機農業(第6回)有機農地が増える世界、伸び悩む日本

西尾道徳みちのり

有機農業の始まり

「有機農業」という用語が使われ始めたのは、第一次世界大戦後である。1908年、ハーバー・ボッシュ法の開発によって、大気中のチッソガスをアンモニウムに固定できるようになった。その技術はまず火薬の原料ニトロの製造に利用されたが、第一次大戦でドイツが敗れた後、先進国で応用されて化学肥料(チッソ)が大量に製造され、食糧生産力が飛躍的に向上した。

 一方で、化学肥料は環境に悪く、栽培した作物は人体に好ましくない。収量が低くても化学肥料を使わない有機農業こそが望ましいとする運動が民間主導で高まった。また第二次大戦後になると化学合成農薬が普及し、その環境汚染や食物への残留が顕在化するにつれて、先進国では有機農業への転換が叫ばれるようになった。

 有機農業が一段と普及したのは91年、EUが化学肥料による農産物の生産過剰と環境汚染を防止するために有機農業法を施行、有機農業を実践する農家に補助金を出したことが大きな契機となった。この行政介入を機に有機農業は徐々に拡大し、国民の所得向上もあって、2000年頃から先進国で有機農産物に対する需要が飛躍的に向上した。

世界的な面積拡大

 表1にいくつかの国の有機農地面積の推移を示す。全農地に占める有機農地の割合は、イギリスなど一部の国を除けば、年を追うごとに増加しているのがわかる。

 20年における世界全体の平均は全農地全体の1.6%。EUではリヒテンシュタインの41.6%やオーストリアの26.5%、フランスの8.8%など、有機の面積割合が世界平均を大きく超えている。EUを除く国は政府からの手厚い補助金がないものの、アメリカは消費者の強い需要に応える形で有機農業の面積割合が増えている。

 ちなみに、世界における有機農産物の約90%は所得水準の高い北アメリカとEUで消費されている。オーストラリア、ブラジル、インド、中国などは、その北アメリカやEUに輸出するために有機農産物の生産を急激に増やしているのだ。

 日本は有機農地がもともと少ない上に、その割合が他の国ほど増えず、有機農産物を輸入して消費者需要の増加に応えている。日本の有機面積割合は増加しているとはいえ、20年でわずか0.3%にすぎない。

表1 全農地に占める有機農地の割合(%)

国名 2001 2006 2011 2016 2020
リヒテンシュタイン 17 29.8 29.3 37.7 41.6
オーストリア 11.3 15.9 19.7 21.9 26.5
スイス 9.7 11.1 11.7 13.5 17
ドイツ 3.7 5.4 6.1 7.5 10.2
オーストラリア 2.3 2.8 2.9 6.7 9.9
フランス 1.4 2.1 3.6 5.5 8.8
イギリス 4 4.6 4 2.9 2.7
インド 0.03 0.57 0.6 0.8 1.5
アメリカ合衆国 0.23 0.57 0.6 0.6 0.6
ブラジル 0.08 0.67 0.82 0.3 0.6
中国 0.06 0.34 0.36 0.4 0.5
日本 0.1 0.23 0.24 0.2 0.3
キューバ 0.13 0.22 0.03 0.02 0.03

FiBL & IFOAM(2022)The World of Organic Agriculture:Statics & Emerging Trendsから作表

有機農業大国キューバ!?

 なお、かつてアメリカの海上封鎖によってキューバへの資材輸出が制限された。それを契機にキューバでは化学肥料や合成農薬を使用せずに、有機農業によって食糧自給を達成したと誤った情報が流されて、未だにそれを信じている人も多い。

 しかしそれは誤りである。確かに都市住民が家庭菜園や都市の空き地で、有機廃棄物を活用した農業生産を行なったが、その栽培面積は限られていた。都市住民による有機栽培を、あたかもキューバ農業のすべてであるかのように報告したために起きた誤解である。

 表1にあるように、キューバの有機農地の割合はわずかで、しかも減少している。キューバの有機農業は、むしろ世界の潮流に逆行しているといえる。

農家1人当たりの有機農地

 表2にいくつかの国の、最近の有機農業の概況を示す。特に注目してほしいのは、有機農家1人当たりの農地面積である。オーストラリアの1人当たり約2万haには驚嘆するが、アメリカ合衆国で140ha、ヨーロッパで20〜130haとなっている(なお、この農地面積には人工草地だけでなく、家畜を放牧する自然草地も含む。オーストラリアの有機農地は大部分が自然放牧草地である)。

 それに対して日本は3.3haにすぎない。この面積は日本の慣行農業での平均値(3.2ha)より多いとはいえ、インドを除く他の国に比べてはるかに低い。日本の有機農場の規模が、世界的には極めて小さいことがうかがえる。

表2 有機農業の概況(2020年)

国名 国名有機農地面積(ha) EUとUSAへの有機生産物の輸出量(t) 有機生産者1人当たりの有機農地面積(ha)
リヒテンシュタイン 1490 0 32.4
オーストリア 67万9872 435 27.8
スイス 17万7347 19 23.5
ドイツ 170万2240 340 48.1
オーストラリア 3568万7799 1949 1万9619.5
フランス 254万8677 1万2857 47.9
イギリス 47万3500 429 132.2
インド 265万7889 24万8065 1.7
アメリカ合衆国 232万6551 1万5475 141.2
ブラジル 131万9454 20万5140 52.8
中国 243万5000 23万2800 182.8
日本 1万1992 4094 3.3
キューバ 2129 1214 266.1
世界 7492万6006   22.2

FiBL & IFOAM(2022)The World of Organic Agriculture: Statics & Emerging Trendsから作表

輪作しない日本の有機農業

 日本の有機農地が少ない背景には、夏に高温多湿で、ヨーロッパや北アメリカの国々に比べて雑草や病害虫の被害が深刻なことや、農地価格が高額なこともあろう。

 農地が少ないとどうなるか。有機の畑作農業では、連作を回避して輪作が基本になるが、輪作にはより多くの面積を必要とする。そのため、18年の日本の有機農地の27%は水田、13%は茶畑と、連作が可能な作物の割合が高い。両者を合わせると40%になる(下図)。

 47 %は普通畑だが、輪作で穀物生産を行なっているケースはわずかである。その多くはハウスにおける野菜栽培で、太陽熱利用などの物理的土壌消毒に頼って連作を行なっている。狭い経営面積で有害生物の被害が深刻な夏を乗り越えるための、日本独自の有機農地の利用方法といえよう。

日本の有機農地利用

※有機JAS認証を受けた農地の利用割合(農水省の資料より)

著者紹介

東京都出身。農学博士。1969年農林省(農水省)入省。農業環境技術研究所長、筑波大学生命環境化学研究科教授、日本土壌肥料学会会長などを歴任。著書に『土壌微生物の基礎知識』『有機栽培の基礎知識』『検証 有機農業』(いずれも農文協刊)など。

検証 有機農業

西尾道徳 著

本書は、世界的に見た有機農業誕生から現在までの歴史、各国の有機農業規格、農産物品質・環境への影響、食料供給などの可能性を示し、日本での有機農業の課題を明らかにする。

どう考える?「みどりの食料システム戦略」(農文協ブックレット23)

農文協 編

SDGsや環境を重視する国内外の動きが加速していくなか、農水省が2021年5月に発表した「みどりの食料システム戦略」。2050年に向けて、農林水産業のCO2ゼロエミッションの実現、農薬の50%削減、化学肥料の30%低減、有機農業の面積を25%(100万ha)に拡大、といった思い切った目標が掲げられている。この戦略には日本農政の大転換として期待の声が上がる一方でさまざまな批判も寄せられている。「みどり戦略」を日本農政(農業)の真の大転換にするためには何が必要かを、識者や農家とともに考え、先進地域に学びつつ提言する。