岩手県では、クマによる農作物被害が深刻化し、果樹園で電気柵を設置する農家が増えています。一方、果樹園は地形が複雑で、下草による漏電や柵の張り忘れなど、設置後の管理に悩むケースも少なくありません。電気柵をきちんと機能させるための設置のコツや、ありがちな失敗、日々の管理について、盛岡市のリンゴ農家・山口弘さんに聞きました。
取材対象者:山口 弘さん(岩手県盛岡市)
『現代農業』2026年9月号「電気柵の効果を100%引き出すには?」より
クマと隣り合わせの日常
2026年7月2日朝。岩手の盛岡市内でレンタカーを借り、取材先へ向かう道中。
「クマだ!」
助手席のカメラマンの声に、あわてて車を路肩に寄せる。彼が指さす先には、田んぼのアゼを悠然と歩く大きな黒い塊。ツキノワグマだ。
クマはしばらく歩いたあと、隣接する林へゆっくりと姿を消した。危険な状況ではなかったものの、岩手に着いて早々に出くわした「いまの東北の日常」に、背筋がヒヤリとするのを感じた。
今回岩手を訪れたのは、クマと隣り合わせの環境で果樹農家がどう身を守り、果樹栽培を続けているかを知るためだ。山際に広がる果樹園は、山に暮らすクマにとって入り込みやすい場所。その侵入を防ぐ有効な手段として、県内各地で電気柵の導入が急速に進んでいる。
ただし、電気柵は設置すれば安心というものではない。あくまで心理的防除であり、クマに電気ショックを与え、「このワイヤーに触れると痛い」と学習させることで初めて効果を発揮する。さらに、必要量の電気が四六時中ワイヤーに流れている状態を保たなければ、十分な効果は続かない。
電気柵を生かすも殺すも日々の管理次第。山と里の境界で試行錯誤を重ねる果樹農家の取り組みを、2回に分けて紹介する。
地区ぐるみでクマ対策を
訪ねたのは、盛岡市西部の猪去地区でリンゴを約3ha栽培する山口弘さん。個人の園地に電気柵を設置する一方、地区で設置した電気柵の維持管理を担う「猪去地区農地水環境保全会」の会長を務める。さっそく朝の出来事を興奮気味に話すと、山口さんは落ち着いた口調でこう返した。
「猪去でも2日前に雄グマが1頭、猟友会が管理するオリに入ってました。120kgぐらいの大きいやつ」。山口さんにとっても、クマは日常である。
「今日は地区で管理する電気柵も見て回りますよね? 長さにすると4kmくらい。日頃の管理で気を付けてることとか、失敗例なんかも伝えられたらいいなと」
今回は山口さん自身の園地だけでなく、地区全体の電気柵の見回りに同行させてもらう。
人的被害がないのが幸い
本題の前に、猪去とクマとの関わりについて少し触れておきたい。山口さんによると、地区ぐるみでクマ対策に本腰を入れ始めたのは07年。前年、クマのエサとなる山の実が凶作で、エサを求めたクマが地区内のリンゴ園に次々と侵入。大きな被害が出たからだ。オリによる捕獲数も13頭に上ったという。
その後、行政や大学などと連携し、電気柵の設置や緩衝帯の整備などを進めた結果、園地での被害も捕獲数も大きく減少した。全国的にクマの出没が相次いだ23、25年には猪去でも被害、捕獲数ともに増えたものの――
「いまだに人的被害がないのが幸い。もし電気柵がなかったら、もっと大ごとになっていると思います」
電圧と下段ワイヤーを見る
さて、本題。下は猪去地区のマップで、赤い線は地区で管理する電気柵の設置位置を示す。今回はスタート地点から電気柵をたどるように、林道や農道を進みながら点検していく。
点検のポイントは大きく二つ。一つ目は電圧だ。山口さんは「クマの侵入を防ぐには最低5kVは必要」と考える。これを下回ると、クマに十分な電気ショックを与えられない。
二つ目は下段ワイヤーの高さ。地上20cm以内に張ると、クマの鼻先に当たりやすくなる。だが地面との隙間が広いと、前肢を差し入れたり、地面を掘ったりして侵入される可能性がある。
もちろん、漏電の原因がないかもチェック。伸びた草や枝がワイヤーに触れるだけでも電圧低下につながる。これらは確実に押さえたいポイントだ。
緩衝帯で山と里を隔てる
しばらく車を走らせると、不意に視界が開けた(猪去地区の電気柵マップの①)。
「ここが緩衝帯。6、7、9月の年3回、地区内外の人の協力を得ながら草を刈ってます」。この場所は、十数年前まで地区のリンゴ園だった。しかし、野生動物による被害が相次ぎ、栽培を断念。その後は草が繁茂する時期に共同で草刈りをして整備してきた。
「見通しがいい場所は、クマとか野生動物が入るのをためらうでしょ。そういう性格を利用するための取り組みです。草ボーボーだと、そこから漏電して電圧が下がっちゃいますからね」
緩衝帯には、山と里を南北に隔てるように、東西方向へ電気柵が張られている。東側は水路。「ちょっと行ってみますか?」。山口さんについていくと、そこには電気柵ならぬ「電気のれん」が垂らしてあった(猪去地区の電気柵マップの②)。
「クマが水路を通り道にしている形跡が頻繁にあったので、これで遮って里のほうへ行けないようにしてます」
沢沿いを伝って戻る途中、ワイヤーに触れそうな草木があったので撤去。車を止めた場所に戻り、電圧を測ると6.6kVを計測した。
「まずまずの成績。このスパンのパワーユニットはソーラー式なので、今日みたいな曇天続きだと上がりにくいけど、ひとまず大丈夫」
道路からの侵入も防ぐ
ただ、単純に山と里を区切るだけでは十分ではないと山口さんはいう。電気柵をすり抜けたクマは、その先の道路を通り道にしてしまうからだ。そのため……
この記事の続きは『現代農業』2026年9月号をご覧ください。
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