
執筆者:服部謙次(新潟県佐渡市)。元農業普及指導員
『現代農業』2025年8月号
毎年海を越えて日本に大群で飛んでくるトンボがいることをご存じだろうか? 熱帯で生まれ、強い風に乗って大移動するウスバキトンボだ。
世界中の熱帯と温帯に広く分布するが、日本には東南アジアやインド、中国などから飛んでくるらしい。以前は、南日本の田んぼで生まれたトンボが世代を重ねながら、日本列島を北上し、北海道まで到達するといわれていたが、近年の研究では、国内の個体の多くが海外から直接各地に飛来していることがわかってきている。

ウスバキトンボの数は西日本でとくに多く、アキアカネより多くなる。アキアカネなどが属するアカネ属ではないため専門家は赤トンボの仲間に入れないが、広い意味では赤トンボに入れていいだろう。他の赤トンボより体が軽く、翅が大きく、後翅の付け根の幅が広く、グライダーのように風に乗って長距離を飛行するのに適している。
水の流れがなく開けた水辺で産卵するので、代かきや田植え直後の田んぼは最適の場所となる。産卵数が多く、ヤゴは驚異的な早さで成長し、早ければ1カ月ほどで羽化する。

日本には4月から飛来するが、7月後半から旧盆の頃に急増することから、地域によっては盆トンボ、精霊トンボ、田の神トンボなどと呼び、先祖の魂を運ぶとして大切にした。

私が住む佐渡島にもやってくる。8月になると空を飛ぶトンボの数が海沿いで急に増える日がある。田んぼの上を大群で飛び、たくさんの虫を食べるので、益虫として相当貢献しているだろう。
しかし、低温には弱く、南西諸島を除いて越冬できず、ほとんどが死に絶える。それでも毎年海を越えて飛来するトンボに、生きては死ぬ、死んでは生きるを繰り返す霊魂の姿を昔の人は見たのだろうか。イネの種モミとともに海を渡り、水田を拓きながら各地に広がっていった私たち日本人の祖先の「はるかなる旅」になぞらえられるようでもあり、はかなくも神秘的なトンボだ。

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