古川勇一郎(新潟県農業総合研究所)
『現代農業』2024年11月号「稲作・水田活用コーナー」の記事の中から、 古川勇一郎さんが執筆した記事の一部について、Web特別コンテンツの動画付きで公開します。

水田のイトミミズは、苗代に播いた種モミを土壌中へ埋没させて発芽を阻害したり、若齢苗の活着を阻害したりする有害動物として認識され、防除の対象とされてきた。しかし、育苗箱を使う育苗様式が一般的となったことや、乾田化に伴って生息数が減ってきたことから、今日ではこうした訴えは少なくなっている。
一方、イトミミズは水稲栽培を助けることでも知られている。雑草種子も土壌中に埋没させるため、抑草効果を期待できるのである。本稿では、その抑草効果を最大限に発揮させるための栽培体系について整理する。
水田を代表する底生動物
イトミミズは水田を代表する底生動物(水底にすむ動物)であり、エラミミズやユリミミズなど、国内の水田には5種類程度が生息している。体長は長いもので10cm、直径は1mm程度、体色は淡紅色から濃紅色のものが多い。春から夏にかけて、水を張った(湛水した)水田の地表面(田面)をよく見ると、小さなすり鉢状の穴の中で活発に揺れ動いているのを観察することができる。
ミミズというと緩慢な動きをイメージするかもしれないが、田面のイトミミズの動きはとても俊敏で、手でつまもうとしても瞬時に土壌中に潜って身を隠すため、まず成功しない。土壌中では、伸びて縮んでのミミズ特有の動きをしており、土壌ごとすくい取れば簡単に捕獲できる。なお、落水して田面が乾いてくると、乾燥を避けて耕盤直上や下層土に潜り込み、縮まってじっとしていることが多い。
雑草種子の上にミミズ糞が堆積して抑草

湛水時の田面で見られるイトミミズは、頭部を土壌中に突っ込み、尾部を水中に突き出すような逆立ち姿勢 をとっている。頭部を突っ込んでいるのは、微生物や有機物などのエサを細かい粘土と一緒に飲み込むためであり、尾部を水中に突き出しているのは、体表面から溶存酸素を取り込む「皮膚呼吸」のためである。
筆者が撮影したイトミミズの動画(画面をクリックすると再生されます)
イトミミズは、その小さな口でエサや土をストローで吸い上げるように飲み込み、尾部先端から排泄する。尾部を水中に突き出した状況では、排泄物が田面に堆積することになる(ミミズ糞堆積層、以下の写真)。一方、土壌中には、イトミミズの口よりも大きな有機物や砂などが取り残されて集積する(残渣集積層)。このイトミミズによる「ストロー効果」によって水田土壌は次第に層分化し、やがて明瞭な2層を形成する。
この層分化の過程で重要なことは、ほとんどの雑草種子はイトミミズの口よりも大きいためにミミズ糞堆積層には含まれず、イナワラや砂とともに残渣集積層に埋没する、という点である。雑草の種類によって異なるものの、深さ1cm以上の土壌中に埋没した雑草種子はかなり発芽しにくくなることが知られており、小さい種子ほど埋没の影響が大きいとされる。ただし、クログワイやオモダカなどの塊茎雑草は、塊茎が土壌中に20cm埋没していても出芽可能なものもあるため、イトミミズの影響が及びにくい。
抑草効果を発揮させる4条件

イトミミズによる抑草効果を発揮させるための条件を明らかにするため、イトミミズの種類や生息密度、温度や溶存酸素、土壌の種類などの観点から検討した(2011年5月号p148)。その結果、1:イトミミズの生息密度が1匹/cm²以上(10円硬貨1枚の面積に4匹以上)、2:湛水環境、3:土壌の還元(酸欠) 環境(赤茶色ではなく灰色になっている)、4:地温5°C以上15°C以下の四つが特に重要であることを確認した。水田雑草の発芽が始まる前(地温15°C以下の時期)に数週間この4条件を満たせば、ミミズ糞堆積層が形成されて、雑草種子が残渣集積層に埋没し、多くの雑草が発芽できなくなると期待された。

湿田管理と米ヌカでイトミミズは増やせる
この4条件を踏まえ、実際の水田でイトミミズに抑草効果を発揮させるための栽培体系について考えてみたい。
まず初めに、その水田に十分量のイトミミズが生息していなければならない。イトミミズを増やすためには、生息に適した環境と十分量のエサの供給、捕食する生物が少ないことが必要だ。
イトミミズが好む環境は湿田である。年間を通じて地下水位が高く、中干しや落水時にも逃げ潜む湿潤な場所が残るからだ。反対に、基盤整備された水田や地下水位の低い水田(乾田)は厳しい環境と考えられるので、イトミミズを増やすためには土壌の過乾燥を防止するとともに、冬期湛水などの湿田管理を試みたい。
また、イトミミズは土壌中の有機物や微生物をエサとしていることから、有機質肥料を施肥している水田ではその数が多いとされる。収穫後に10a当たり50kgも米ヌカを施用すれば、一定の効果を期待できるだろう。
イトミミズが増えれば、それをエサとする生物(捕食者)も増えることが予想される。イトミミズが幅広い水生動物のエサとして販売されている状況を踏まえると、水田にも多くの捕食者がいると考えるべきであろう。
農薬の使用も生息数に影響はするが、イトミミズは農薬に対する抵抗性が強いとされており、現在一般的に使用されている水田農薬が与える影響は小さいと考えられる。逆にいえば、農薬の使用を中止したとしても、それだけでイトミミズが増えるとは考えにくい。
このように多くの要素が関わるものの、筆者は経験上、湿田管理と米ヌカなどのエサ供給さえ実施できれば、どんな水田でもその数を十分増やせる可能性はあると考えている。逆に条件が整わない限り、他所で捕獲したイトミミズを投入しても、定着する可能性は低い。ましてや水生動物のエサとして売られているものを放つことは、生態系破壊につながるだけでなく、経費の無駄でもあるので絶対にしてはならない。
冬期湛水と春の浅代かきで雑草最少
イトミミズの生息密度が高い水田で一般的な移植栽培をすれば、前述の4条件のうち生息密度と湛水は満たされる。したがって、残りの還元土壌と地温の条件を組み入れられれば、抑草効果が発揮されるはずである。そこで、栽培体系を検討するために、野外ポット試験を実施した(条件などは以下の表の通り)。
まずイトミミズ添加区の結果として、「④慣行区」ではコナギを中心とした各種雑草が数多く出芽し、乾物重も多かった。この体系では湛水後すでに地温が高いため雑草がすぐに発芽してしまい、イトミミズによる抑草効果を期待できないことが明らかだった。
「①秋代のみ区」では、地温が低い秋から春にかけて多くの雑草種子が残渣集積層に埋没して出芽数が大きく減少し、イトミミズによる抑草効果が発揮された。しかし、春代かきをしないため、秋冬に埋没を免れた雑草種子は大きく生長してしまった。
この残草問題の改善を目的とした「②秋代+春代区」では、秋代のみ区よりも雑草乾物重が減少した。これは秋冬に埋没を免れて出芽・生長した雑草が、春代かきによって埋却された結果である。しかし、今度は春代かきにより、残渣集積層に埋没していた雑草種子を掘り起こしてしまう問題が生じた。その後も新たにミミズ糞堆積層が形成されるが、すでに地温が高いため雑草種子が埋没前に発芽し、雑草出芽数は増加する結果となった。
そのため、早春に出芽・生長した雑草を埋却しつつ、残渣集積層に埋没した雑草種子を掘り起こさない範囲で浅く代かきを行なう「③秋代+春浅代区」を設けた。春代かきを表層2cmに留めたところ、雑草出芽数も全処理区の中で最少となった。
なお、イトミミズ無添加区では、いずれの栽培体系においても抑草効果は発揮されなかった。



冬期湛水しない場合は......3月までに代かき
ポット試験では、秋代かきと冬期湛水を組み合わせたが、前述の4条件(生息密度、湛水、還元土壌、地温)を満たすために必須というわけではない。先に記したように、理論的には雑草が発芽可能になる前 (地温15°C以下) に代かきし、湛水して土壌の還元状態を数週間維持できれば抑草効果を期待できる。ここでは、日本海側地域を想定した実際の栽培体系について考えてみよう。
日本海側地域では一般に4、5月に代かきを行ない、その際に雑草種子が土壌中に拡散する。ところが、この時期の気温は15°Cを超える場合もあり、雑草種子は即発芽可能な状態にある。したがって、代かき後からイトミミズが働いたとしても、雑草種子は埋没前に出芽してしまい、前述のポット試験における「④慣行区」と同様に抑草効果を期待できない。
そこで、代かきは3月までに実施すべきである。この時期の気温は、例えば新潟なら10°Cを超えることはまれであり、ほとんどの水田雑草は発芽できない。この段階でミミズ糞堆積層が形成されていけば、雑草種子は残渣集積層に埋没し、その後雑草発芽の適温になっても発芽できないことになる。
代かき後の土壌の還元環境にも注意を払わなければならない。還元環境の発達が不十分だと、イトミミズが十分に働けずミミズ糞堆積層は形成されないためである。したがって……
この記事の続きは、『現代農業』2024年11月号をご覧ください
イトミミズの生態や活かし方、実験データについては、2025年3月10日刊行予定『みんなの有機農業技術大事典』に詳しく載ります。ぜひご覧ください。
共通技術編・作物別編(2分冊・分売不可)★2025年3月刊行予定
農文協 編
掲載記事400本、著者は350名を超え、農家も100名以上登場。全国の有機農業関係者みんなでつくる大事典。