(株)ジャパンバイオファーム・小祝政明さん
農文協が運営する農業情報サイト「ルーラル電子図書館」(https://lib.ruralnet.or.jp/)で人気だった現代農業の過去記事より、すぐに実践できる情報を毎月1本ずつ公開します。
おっ酢! 今号ではオイラも知らなかった酢の実力が次々に明らかになっていくみたいっすよ。
まずは右ページの野津さん、オイラにすっごく感謝してくれてるっすけど、いったいホウレンソウに何が起こったのか、オイラ自身にもわからないのっす。豪雨後に根が弱った野菜へのお酢散布を勧めてる、小祝政明さんに聞いてみるっす。
根がやられると、相対的にチッソ過多になる
――いったいどうして、黄色くなったホウレンソウがお酢で復活するのっすか?
台風や長雨のときに野菜が黄色くなる大きな原因は、毛細根がダメージを受けてしまうことです。湛水状態で弱った根は、簡単に壊死したり微生物に分解されたりしてしまう。台風通過後に根を観察してみると、毛細根がきれいさっぱりなくなっていたり、黒く腐っていたりすることがありますね。いわゆる「根傷み」「根腐れ」などと呼ばれるものです。
こうなると、植物はミネラルをぜんぜん吸えなくなる。いっぽう、水はなんとか吸うことができるので、天候が回復して蒸散が始まると、水ばかり吸い上げ始めます。水に比較的溶けやすい栄養分って、なんだと思いますか? じつは、チッソなんですよ。基本的に根の吸収能力が落ちているので作物は萎れて見えますが、水を吸い上げ始めた作物体内は、相対的にチッソ過多になっているんです。
――それが黄色くなる理由っすか? チッソを吸うと、緑が濃くなるイメージがあったっす。
いやいや、葉緑素を保つためには単純にチッソがあればいいわけではなく、葉緑素の生成や光合成を助けるマグネシウムや塩素、銅や鉄、マンガンなど多種多様なミネラルが必要なんですよ。これらが不足すると、葉緑素を保てなくなり、黄色くなってしまうんです。こうなると、光合成で炭水化物を作れなくなるわけですから、チッソ過多で作物の繊維が弱くなり、組織がブヨブヨになってしまいます。
光合成産物を直接与える
――大変! どこから手をつければいいのっすか?
まずは根っこを修復して、ミネラルを吸収できるようにしないといけませんね。それには何といっても炭水化物が必要です。細胞壁(セルロース)の原料である炭水化物が大量にないと、植物体の修復はできません。それに、根っこから分泌され、ミネラルをキレート化して吸い上げる「根酸」の合成にも、炭水化物が必要。でも、光合成がスムーズにいかなくなると、こうしたものが合成できなくなり、根っこの回復も遅れてしまって、光合成も低調のままに……悪いサイクルですね。
そこで、君たちお酢の出番です。お酢の主成分である酢酸(CH3COOH)は、炭素原子二つと水素原子四つ、酸素原子二つからできている。つまり、光合成で作られる「グルコース」(C6H12O6)と同じ、炭水化物の仲間なんですよ。わかりますか? だから、お酢をまくというのは、光合成産物を植物に直接与えることになるんです。そして、炭水化物の中でもとくに酢酸は、分子量がグルコースの3分の1ととても小さい。おかげで植物がスピーディに吸収できるし、いろんな物質の材料として使い勝手がいい。これが、酢酸をお勧めする理由です。
――ほほう。お酢をかけると光合成してなくてもしたことにできるってわけっすね。ズルイっすね。
葉面散布? 株元かん注?
――ところで散布のときは、株元と葉面のどちらにまくのがいいのっすか?
地下部がある程度無事ならかん注でも大丈夫ですが、根が完全にやられているときに食酢(酸度4.5%)を与えるなら、30~50倍液の葉面散布をお勧めしますね。吸収された酢酸は、セルロースの材料として根の修復に使われるほか、根酸の合成やエネルギー(ATP)合成にも使われます。すぐに作物がしゃきっとしますよ。
湛水で傷みやすいホウレンソウの事例が多く聞かれるようですが、キャベツにしろトマトにしろ、どんな作目でも基本的に修復効果が期待できます。
濃いめだと生育をいったん止める
――え、30倍!? 野津さんは200倍っすよ?
それじゃあ、治るまで数週間はかかったんじゃないですか? 薄い濃度でも炭水化物補給による効果を期待できますが、急いで修復したい場合には、やはり30~50倍の濃いめが断然おすすめですね。弱った細胞に病原菌が侵入するのを防ぐことができますし、翌日にはもう葉がピーンと張ります。どうやら、濃いめのお酢は植物ホルモン的な働きを持つようなんです。
――え? オイラが植物ホルモン?
どうも、エチレンやアブシジン酸のように、栄養生長を一時的に抑制するようです。栄養生長のときは細胞分裂が盛んになりますよね。細胞壁を構成するセルロースをつくるのに、炭水化物がたくさん消費されてしまいます。お酢で栄養生長・細胞分裂を一時的に止めてやれば、炭水化物の消費量が減って、多くを根の応急処置に回せるわけです。
ちょっと難しくなりますが、エチレンの化学式はC2H4です。お酢(CH3COOH)から酸素を取ってしまうと同じ元素の数になるわけで、似た働きがあるのかもしれません。ちなみに、お酢のホルモン的な働きは、トマトなどを栄養生長から生殖生長に一時的に傾ける目的でも利用できるんですよ。
薄ーくならアミノ酸、超濃いと除草!?
――他の濃度だと、オイラはどんな働き方をするのっすか? 気になるっす!
100倍以上の薄い食酢を与えると、酢酸がチッソと結びついてアミノ酸を形成。栄養生長を促進します。栄養生長を止めず、光合成産物を与えてやりたい場合などには、これも効果がありますね。
いっぽう、1~5倍程度の濃すぎるお酢は、植物にとって害となります。最近5~10%の酢酸溶液が除草剤としても売られていますが、あれはお酢による濃度障害を利用しているわけです。促進、抑制、濃度障害、この三つの効果を理解することがお酢使いのコツです。
また、お酢の種類にも注意。普段使いにはアミノ酸(チッソ)やミネラルなどいろいろ混じったお酢……旨み成分が多い米酢などですね。これを使うことで生長を促すことができますが、応急処置的に使うときには、とにかく炭水化物を与えるため、混ざりっけのないものがいい。純粋なアルコールに近いものから造った醸造酢(コーンスターチが原料のものなど)のほうが、効果が高いと考えています。
お酢は土から与えるのが理想
――なるほど、目からウロコっす! お酢って……オイラって、こんなに使える資材だったんすね!
ただ、これは小規模でお酢を使う場合の話。君は意外に高いからね、大規模にやるには、お金も手間もかかりすぎます。本来は酢酸を土から与えてやるのが理想ですね。私の提唱する「BLOF《ブロフ》理論」の堆肥化では、酢酸をつくるのを最終目標としています。
――え、オイラを土から? どういうこと??
ちょっと話が進みすぎちゃいましたかね。でも、酢酸リッチな土壌では作物が丈夫に育ちますし、その過程のアルコール発酵の際に二酸化炭素(炭酸ガス)も発生し、団粒化が進んで排水のいいフカフカの土になって、最高! ちょっとやそっとの大雨ならへっちゃらです。
――ちょっと難しいっすけど、つまりオイラはスゴイってことっすね! なんだか自信ついたっす!
*月刊『現代農業』2020年9月号(原題:教えて小祝さん どうしてお酢で野菜が復活したの?)より。情報は掲載時のものです。