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〈稲作のコスト減らし〉井原さんのお膝元でへの字稲作(上)元肥も、防除も、除草剤もぜーんぶやめた

兵庫県たつの市・丸尾正志さん

マークは本誌124ページに用語解説あり
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「ゴリラのガッツポーズ」型のイネを前に、ガッツポーズを決める丸尾正志さん(依田賢吾撮影)

農薬代・肥料代が3万円安い

「元肥に一発肥料入れて、穂肥振って実肥も振って。夏には『ウンカが出た』って薬をまいて、秋には毎年できすぎて倒伏する。うまくいけば反収10俵とれるっていうけど、そんな栽培はあかんでしょ」

 しかし30年ほど前の就農当初は、自身もそんな栽培をしていたのだそうだ。「自分婿入りやし、当時は義父が中心だったってのもあって、強いこと言えへんでしょ。毎年毎年イネが倒れて、引き起こしながら刈るのがメチャクチャ大変やったわ」と笑う。

 兵庫県たつの市でイネ1.6haを育てる兼業農家、丸尾正志さん(55歳)が現在取り組んでいるのが「への字稲作」だ。元肥ゼロ、もしくはほとんど入れずにスタートし、生育中期の肥効で強い分けつをとる栽培体系。たつの市のお隣、太子町たいしちょうの稲作農家・井原豊さんが1980年代に提唱した栽培方法である(詳しくは本誌p91)。

 中でも丸尾さんが大事にしているのが、への字の考え方の基本である「ムダなものは極力入れない」という部分。これを徹底して追求してきたおかげで、現在は無農薬でも栽培できるようになった。10a当たりの肥料代と農薬代の合計はときに周囲より3万円も安く、それでいて同等以上の収量がとれているという。

ヒノヒカリ10a分の栽培にかかる肥料・農薬代のイメージ

丸尾さんはイネ1.6ha(ヒノヒカリ、きぬむすめ、イセヒカリなど)ですべてへの字稲作。ほとんど個人販売だが、農民連などへも出荷する。低コストでつくる分、農薬不使用の米を慣行米より安く売ることもある

疎植の大苗だから、ジャンボタニシ除草

 丸尾さんがへの字に取り組むようになったのは、2011年のこと。婿入り先の両親が高齢になったこと、そして自らの環境問題への関心が高まったこともあって、への字・減農薬型に大転換した。じつは、実家のお父さんが井原さんの大ファンで、丸尾さんの結婚祝いにも著書数冊を送ってくれたほど。それらを参考にしつつ、疎植・細植え・元肥なしに挑戦してみたのだ。

 田植え後1カ月の間、丸尾さんの田んぼは周囲と比べて明らかにさみしく、周囲の農家からは「苗が足りんかったんか」「肥料もやらんでそんな植え方じゃ、米とれへんやろ」と言われたという。ところが、への字稲作の特徴である出穂約45日前の追肥(茎肥)後は、周囲のイネに追い付け追い越せの勢いで一気に生長。前年休耕(緑肥のソルゴー)していたこともあってか、その年は反収10俵(地域平均は8俵程度)。その後も毎年8〜9俵安定してとれており、課題だった倒伏もなくなった。


 植え後1カ月はさみしく、茎肥後にぐんぐん生長 

7月3日、丸尾さんの田んぼと近所の田んぼを比較(どちらもヒノヒカリ)。密植で元肥も入っているため、この時期は周囲の田んぼのほうが勢いがある(伊藤雄大撮影、Iも)
7月15日(出穂約45日前)、動散で硫安を10a20kg散布(写真提供:丸尾正志、Mも)
7月25日の同じ場所。への字イネが一気に盛り返してきた。周囲のイネが中干しでチッソを切る中、ここからがへの字の頑張りどころ(依田賢吾撮影、Yも)
上と同じ7月25日、より葉色の違いがわかりやすい場所にて(どちらもヒノヒカリ)。また、丸尾さんの田んぼは雑草が少ない(Y)
出穂30日前のへの字ヒノヒカリの葉色は4〜5程度。この後、やや淡くなったので尿素を少し入れた(Y)

 なるべく有機・無農薬栽培に近づけたいと考え、丸尾さんは毎年少しずつ栽培を変えてきた。昨年のヒノヒカリの場合だと、前年秋に米ヌカ、乳酸菌のラクトバチルスなどを投入し、ワラの分解を促して地力を増強。6月上旬、催芽モミ80g播きの約35日苗(露地プール育苗で平置き出芽、草丈20cmの4葉期苗)を植えた。周囲の営農組合だと、150g播き以上の20〜30日苗を同時期に植える。その分、播種時期は丸尾さんのほうが早い。

 薄播きで大苗をつくるのは、もちろん元肥ゼロ・疎植にするためであるが、ジャンボタニシの食害を避けるためでもある。丸尾さんはタニシの駆除剤を使わず、しかも田植え後はずっと10cm程度の水深を保つ。生えてきたばかりの雑草をタニシに食べさせる、つまりジャンボタニシ除草に利用しているのだ。こうすることで、初期も中期も除草剤を使わず、手取り除草すらほとんどせずにすむという。「イネも少し食われるけど、大苗やし大きな欠株は出えへん」。

地域にうようよいるジャンボタニシ。丸尾さんは5〜6年前から除草に使い始めた(I)

田んぼの生きものたちがウンカを撃退

 雑草対策だけではない。への字・減農薬に変えたことで、かえって病害虫の被害も減った。以前は頻発していたいもち病やウンカ、斑点米カメムシの被害が明らかに減少。色選なしで、毎年ほぼ1等米がとれている。

 その理由の一つが、イネ自身の強さだ。以前は周囲と同じ坪50株植えだったが、地力を生かし強い株に育てるために坪37〜42株の疎植に変更。また、初期に分けつをとりすぎないので、モサモサと過繁茂になることもなくなった。田んぼの風通しがよくなり、硬くて健全なイネに育つようになったのだ。

 もう一つの理由として考えられるのが、生きものの多様性だ。農薬を使わず土壌の微生物を生かし、米ヌカや発酵鶏糞などの有機資材を積極的に使うことで、田面をトロトロにする。そして、丸尾さんは決して「中干しをしない」。7月上旬、水が切られる時期が近付くと、田んぼにタプタプに水を溜め、中干し期間中も田面を出さないようにする。イネの根を切らないため、そして田んぼの生物多様性を守るためだ。除草剤、農薬、中干しがない田んぼには、クモやカエル、タイコウチ、ミズカマキリなど生きものがうようよ。初夏になると、コシアカツバメが丸尾さんの田んぼの上にだけ飛ぶという。

 2019〜20年は、2年連続で全国的にトビイロウンカが大発生。周囲では秋の坪枯れが激発し、20年には反収が5俵程度まで落ちたが、丸尾さんの田んぼは無防除でも被害なし。田植えが遅れるハプニングがあったが、クズ米が少なく全量1等、7俵程度収穫できた。

 ただし、いいことずくめではない。栽培期間を通して水を溜めっぱなしにするためか、周囲のバリバリに干したイネより下葉枯れが目立つのだそうだ。ガス抜き程度に田面を見せたほうがいいのか? でも、水を落とすとヒエが伸びるし……と、ここは悩みどころだという。


 生きものを生かす栽培 

丸尾さんの田んぼの水は、微生物の活動のためか初期はずっと濁っている。茎肥で硫安を入れると、とたんに透明になる。なお、耕耘はサトちゃん式で耕深5〜10cmと浅い。作土が浅くても初期スカスカのへの字イネは、肥料を求めて根を耕盤の下深くまで伸ばす(I)
7月25日、田面が白くなるまでバリバリに中干ししていた周囲の田んぼ。この時期7〜14日間ほど用水から水がなくなる(Y)
写真上:同日(7月25日)の丸尾さんの田んぼ。10cmほど水を溜めている。水深は水尻のエルボ(塩ビ)で調整(Y)
2020年、収穫時期の周囲の田んぼ。トビイロウンカによる坪枯れが激発(M)
同年、丸尾さんの田んぼは被害ゼロ。ちなみに、以前試しに茎肥を通常の2倍振ったら、その圃場だけ坪枯れした経験がある。施肥がウンカ害と密接に関係していると実感した(M)

食味もグンとよくなった

 への字稲作に変えたら、後効きするチッソがなく、登熟もよくなるため、食味もよくなった。以前、キヌヒカリの食味値は65点程度だったが、ここ数年は80点も超している。試しに味にこだわりのあるカフェの店員に食べてもらったところ、「これはおいしい! あの地域は海に近い川の下流の産地だし、こんなにおいしいお米はとれないと思ってた」と、驚かれたそうだ。登熟のよさはクズ米の少なさにも表われており、例年1.85mmでふるっても、10a当たり30kg以上は出ないという。

 この「少投入でムダなくとる」やり方を、お義父さんの登さんはどう見ているのだろうか。作業の合間に、ちょっと聞いてみた。「昔は6月に元肥入れて、7月頃にもう1回肥やしを入れて、穂肥も実肥も入れた。隣の人との競争じゃ。隣のイネがええときは、こっちもパーって肥やし振るねん。金かかるのは仕方ない。肥やし入れな、米とれるかいな」。あくまで目指したいのは、ドカンと多収することだという。丸尾さんのへの字稲作には、少し歯がゆさも覚えているようだ。しかし、「まぁ、今の人の考えは違うのかもしれんから……任せとるけど」と、丸尾さんの意思を尊重している。

「親父は10俵とったときの快感が忘れられないんやと思う。『苗もっとつくらんか』『肥やし入れんか』って口出してきますわ。でも、10俵は結果であってねらうもんじゃない。米も安いし、農薬・肥料のフルコースでコストやリスクをかけるより、金かけず8俵確保、天候がよければ9俵ってほうが、いいと思いません?」

 丸尾さんは、自らの栽培への手応えをそう語る。昨年はオリンピック後の長雨が影響し、地域ではクズ米が続出。1.85mmでふるうと米が残らないほどの状況で、反収はどこも7俵程度だった。一方、丸尾さんのクズ米は10a30kg程度で、例年通り8俵(480kg)とれた。

周囲にへの字仲間が増えてきた

 なかなか理解を得るのが大変なへの字稲作だが、最近は周囲に実践仲間が出てきたという。一人が内海正人さん。丸尾さんと同級生で、田んぼ55aの兼業農家だ。以前、ヒノヒカリは坪55株植えにし、元肥はLPコートでチッソ7〜8kg、穂肥なども振っていたが、「毎年倒伏するわウンカ出るわで、ホンマにこれでええんかな?って悩んどったんです」。それで6年ほど前、丸尾さんの勧めもありへの字に転換した。

 坪40株、元肥はほぼゼロでスタートし、出穂45〜40日前に硫安を約20kg追肥する。収穫後にはワラ分解・地力増強のために、硫安とラクトバチルスを散布。やはり農薬はほぼ使っておらず、近年は除草剤もあまり使わないという。収量はヒノヒカリで7〜8俵、安定してとれている。「収量的には少し減ったかもしれんけど、苗箱は反当20枚から13枚に減ったし、農薬代もぐんと減った。ウンカだって、隣のイネがやられていても、うちの田んぼにはあまり入ってこーへんなぁ。収穫のときも倒れないから、コンバインで刈りやすいんですわ」。

 もう一人のへの字仲間が、岩田静男さん、とし子さん夫婦。丸尾さんにアドバイスを受けつつ、3〜4年前にヒノヒカリ15aをへの字稲作に変えた。「栽培を変えたら、肥料代や薬代がかなり安くなりました。10aに使う苗も22枚から15枚まで減って、それで8俵とれています。以前より収量的には少し減ったかもしれんけど、とても満足しています」。

 資材費高騰・米価下落と、稲作を取り巻く状況が厳しい今、井原さんのお膝元でへの字稲作に再び火が付きかけている。次回はそのイネ姿を紹介する。(編)

お義父さんの登さん(Y)
への字仲間。右から内海さん、丸尾さん、岩田さん夫婦。コストは下がったものの、収量は少し落ちたという。苗質向上や地力アップに力を入れれば、収量も上がるかもしれない(Y)
内海さんのヒノヒカリの田んぼ。やはり除草剤なしのジャンボタニシ除草。丸尾さんより厚播きで育苗日数が短かったためか、苗が食べられ欠株が出たという。7月11日に硫安約20kgを振った(Y)

への字稲作とは――なぜコストが減らせるか

 への字稲作とは、兵庫県太子町の篤農家・井原豊さんが提唱した稲作方法。生育パターンが「へ」の形をたどるのが特徴で、田植え後はさみしく、生育中期に旺盛になり、以後おだやかに色がさめる。当時、全盛だった「V字型稲作」(早期茎数確保と、穂肥によるモミ数確保)は無効分けつなどが出やすく、それへのアンチテーゼとして提唱された。疎植・細植え、元肥ゼロ、出穂45日前の硫安でのドカン肥などが特徴といわれるが、とくに方法を限る必要はなく、あくまでへの字型の生育であればよい。




 イネの(生育の)特徴 

●初期は分けつの少ない寂しい姿(井原さん曰く、ノーパンスケスケのイネ)
●茎が太く、生育中期には見事な開張姿(曰く、ゴリラのガッツポーズ)
●大きな穂がつき、それぞれの粒も大きい

 への字でのコスト減らしポイント 

●初期にさみしい苗が節約でき、元肥も少なくて(ゼロで)いい
●過繁茂しにくい、強壮な分けつがとれる病害虫が出にくく、防除が減らせる
●中期に必要な数だけ分けつを確保施肥効率が高く、肥料が少なくてすむ
●健全で強壮な株となり倒伏しにくい機械への負担、作業時間が減る

井原豊さん(故人)

[ことば解説]

元肥一発肥料(もとごえいっぱつひりょう)
 速効性の化成肥料の他、溶出期間の違う数種類の被覆肥料を混合し、生育期間中にちょうどいい肥効が出るよう調整された肥料。追肥が省略できる肥料として、各地で一般的になってきている。
 しかし、被覆肥料が溶け出す速度は水温が高いほど早いため、天候によって肥効が左右される。夏の高温で肥料が早く効いて後期に肥切れしたり、下位節間伸長期に効いてイネが倒伏したり、といった問題も起こりやすい。
出穂(しゅっすい)
 穂が出ること。イネでは半数の茎が出穂した時期を「出穂期」と呼ぶ。すべての穂が出る時期(通常、出穂期の2〜4日後)は「穂揃い期」と呼ばれる。
 イネは出穂とほぼ同時に開花するが、その時点で自家受粉を終えている。
 出穂期はおおよそ品種によって決まるが、植えた時期や天候によっても左右される。追肥などのタイミングは、出穂期を基準として「出穂○日前」という形で表わされる。
いもち病(いもちびょう)
 イネの主要病害で、病原菌は糸状菌。根以外のほぼすべての部位で発病し、時期の違いにより「苗いもち」「葉いもち」「穂いもち」と呼ばれる。
 葉いもちは葉に斑点や白斑をもたらし、穂いもちでは穂首が灰褐色になったり、穂が白穂化したりする。収量や品質の低下に大きく影響する。
 とくに、夏期の低温・日照不足条件や、出穂期の降雨などで発生が助長される。


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