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需要拡大、食料安全保障の面からも 今こそ、国産小麦を増産する時だ

吉田行郷

2021年産は2030年の目標まで到達

 国際価格の上昇に加えて、主要輸出国であるロシア・ウクライナ情勢の変動もあって、国際的な小麦の需給動向への関心が高まっている。他方、コロナ禍で米の需要が引き続き減少を続ける中、日本麺(うどんなど)や中華麺、ホットケーキミックス粉などの小麦製品の家庭内需要が、一時大きく拡大して注目された。

 そうした中、2021年産の小麦の国内生産量は、豊作だったこともあって110万tと、20年に策定された「食料・農業・農村基本計画」で定められていた30年の生産努力目標108万tを超えた。「これ以上、国内での生産を増やしてもいいものなのか」と逡巡する小麦生産者も多いのではないだろうか。

 このようなタイミングで、国産小麦の需給の現状を今一度確認し、「需要はまだ拡大するのか」「拡大するとした場合、それに応じた量を生産できるのか」考察してみることは、意義があることだと考える。

ロシア・ウクライナは重要な輸出国
両国とも世界5指に入る小麦輸出国(ロシアは21〜22年度世界1位)で、両国で世界の全輸出量の3割程度を占める。ただし、日本ではアメリカ、カナダ、オーストラリアの3国からの輸入がほとんどを占める。

主要輸出国の2国間戦争

 世界の小麦需給の動きを見てみたい。昨年後半から北米での高温乾燥による不作予想を受け、米国の小麦市場で価格が上昇。それに牽引される形で国際価格が高騰した。そうした中、今年2月からはロシアがウクライナに侵攻、主要輸出国であるウクライナの小麦生産に大きな被害が出ることが見込まれ、ロシアの輸出量も下方修正されたことから、3月にはシカゴ先物市場の小麦価格が史上最高値を更新。短期的には、先行きの不透明感もあって、高値かつ不安定な状況が続いている。

 農林水産政策研究所が今年3月に発表した「2031年における世界の食料需給見通し」では、今後、小麦の需要が拡大すると見込まれるアフリカ・中東への小麦輸出をこの両国が中心となって担うことで、31年の世界の小麦需給は均衡する見通し、となっていた。しかし、この「見通し」には、ロシアのウクライナ侵攻の影響が織り込まれていない。両国間の政情が安定しないと、不安定な小麦貿易を通じて、中長期的にも世界の小麦需給全体も不安定な状況が続いてしまう可能性が高い。

コロナ禍でも小麦の需要は安定

 日本国内の小麦需給では、供給量の約8割を海外からの輸入に依存している。しかし、そのほとんどを米国産、カナダ産、豪州産が占めており、直接的にロシア、ウクライナの輸出量の変化が影響する構造にはなっていない。とはいえ、外国産に大きく依存している限りは当然、短期的にも国際価格の高騰や世界的な需給の不均衡の影響をドミノ倒しのように受けることになる。そのため、今後ますます世界の小麦需給を注視する必要がある。

 また、日本の小麦の総消費量の変化を見てみると、1994年までは人口増加に伴い増加傾向であったが、その後は安定して推移している。同期間、米の総消費量が一貫して右肩下がりだった中、日本人のパン好き、麺好きに支えられ、小麦は安定した需要を維持している。農水省の報告によると、今回のコロナ禍でも小麦製品の需要は底堅かった。日本の土地利用型農業の将来を考えると、こうした需要が安定している小麦を増やし、外国産から国産に置き換えていくことが有効と考える。

パンや中華麺での使用が増大、品質も高評価

 09年度時点の国産小麦の用途は、日本麺用が55%と圧倒的に多く、パン用は6%、中華麺用は3%にとどまっていた。しかしながら、①国産小麦の生産量は09年産から21年産にかけて63%増加し、②その後パン用、中華麺用小麦の生産量が急拡大し、国産小麦生産量の20%を超えている。現在はパンや中華麺での使用量が、当時よりかなり大きくなっていると見込まれる。

需要量の8割以上を外国産小麦の輸入で賄っている。国産小麦は民間流通、外国産は政府が国家貿易により計画的に輸入して売り渡す。近年の輸入量は470万〜520万t程度で推移している

 中華麺の例を見たい。首都圏の生うどん(日本麺)市場においては、すでに10年前から「国産小麦使用」をうたった製品が市場で人気を集めている(近年、販売金額上位10製品のうち7製品が「国産小麦使用」と表示)が、20年には同じ首都圏の生ラーメン市場でも、販売金額上位10製品のうち1位、4位、10位が「国産小麦使用」表示の製品となっている。外食でも、国産小麦を使用した麺を売りにしたラーメン屋が増えてきている。

(農林水産省「麦の参考資料」を改変。元データは農林水産省「作物統計」)
*2021年のデータは概算値

 パンも好評だ。国産小麦を100%使用した食パンの販売額を見ると、右肩上がりで市場が拡大した後、安定的に推移している。コロナ禍で一時大きく減少したが、すぐ従前の水準まで回復しており、ブームから定着期に入ったと見ることができる(下図)。近年首都圏を中心に多くの高級食パン専門店がチェーン展開されているが、その中にも北海道産強力系小麦(「ゆめちから」など)の使用を強調している店が増えつつあり、「国産小麦の食パンはおいしい」という認識が消費者に広まっている。

(日本経済新聞デジタルメディア社のデータをもとに、農林水産政策研究所が集計。首都圏スーパーマーケットなど約120店舗における8年間のPOSデータ)
*国内産小麦を100%使用していることが明らかな食パン製品のみ計上。菓子パン、テーブルパンは含まない
*1000人が買い物をした際の売上額を表わす。 新型コロナの影響で2020年に入り販売額が急落したが、すぐに回復している

 パン用、中華麺用ともに、以前はその多くを北海道産小麦が占めていたため、そこで不作となった際には使用量を抑えなければいけなかった。しかし、後述する品種の変化などで、高品質な小麦が全国で生産されるようになれば、パンや中華麺に使えるタンパク含有量の高い国産小麦の需要は、まだまだ拡大すると考えられる。

メリットを認識し、生産を広げよう

 思い起こせば、戦後の1960年頃においては、まだなおムギ類410万t(小麦180万t、大麦230万t)が国内で生産されていた。当時、これらのムギ類の多くは水田の裏作で生産されていた。当時よりも水田面積は減少しているものの、ムギ類の単収が増加していることをふまえれば、日本にはそれだけのムギを生産できる潜在能力が残っていると考えられる。

 その後、「食の欧米化」などの変化に国産小麦は対応できず、生産量は減少し続け、75年頃には20万t強にまで縮小してしまった。ところがそこから反転し、昨年は生産量が100万tを超えるまでに回復。そして、生産量が増えても供給過剰となっていない理由としては、北海道をはじめとした主産地で、品質面でも外国産と遜色ない、あるいはより高い評価の品種(パン用、中華麺用など)へと着実に転換が進んだことが挙げられる。

 しかしながら、新品種が導入されてもそれをしっかり栽培できる生産者がいなければ、このような劇的な変化は起こり得なかった。小麦生産量の7割弱を占める北海道をはじめ、ムギ作の担い手(集落営農や大規模生産者など)が確保されている福岡県、佐賀県、愛知県、三重県といった県が、増産に取り組んできたことも大きい。

 裏作や生産調整で、まだまだムギ類を増産できる可能性がある地域は多い。こうした地域において、今後担い手への農地の利用集積、それらによる小麦作付面積の拡大が進めば、さらなる国産小麦の増産も実現できるのではないかと考えている。そのためには、①生産調整作物として、米よりも収益性が高いこと、②水管理の必要がなく、夏場に労働力を必要としないため、規模拡大の可能性が広がること、③中長期的に国産小麦に対する需要広告たて1/3が拡大する可能性が高いこと、などのメリットについて関係者が共通認識を持つことが重要と考える。

 新型コロナによる需給への中長期的な影響についても見極めていく必要があるが(国産志向が強まる可能性がある一方、不況が長引けば安価な外国産使用製品の需要が拡大する可能性もある)、小麦を巡る不安定な国際情勢をふまえれば、食料安全保障の観点からも国内生産拡大に対する消費者の期待が高まってくると考えられる。

 農業生産に携わる皆さんには、ぜひ、目まぐるしく変化する直近の状況だけに惑わされず、中長期的な視点を持って国産小麦の生産について考え、取り組んでいただきたい。

(千葉大学大学院園芸学研究院)

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