冬期湛水とイトミミズを活用したイネの無農薬・無除草・無肥料栽培。本当に実現できるのか?実際の水田での試験結果から、イトミミズによる抑草の条件や、冬期湛水でも慣行栽培と同等の収量が得られるのかといった疑問に迫ります。
執筆者:古川勇一郎(新潟県農業総合研究所)
『現代農業』2025年11月号 「夢の無農薬・無除草・無肥料栽培!?」より
実際の水田でイトミミズを活用
水田におけるイトミミズの抑草メカニズムは、イトミミズの糞が田面に堆積する過程で雑草種子が埋没し、発芽できなくなることにある。その機能を発揮させるためには四つの条件、すなわち①イトミミズの生息密度が1匹/㎠以上、② 湛水環境、③土壌の還元環境、④地温5℃以上15℃以下が必要である(「イトミミズを抑草に活かす栽培体系とは?」)。
実際の水田で、この4条件を満たすために現実的な方法として思い当たるのが冬期湛水だ。本稿では、4条件を満たして冬期湛水した場合に、思惑通りに抑草効果が発揮されるか検証する。また、特徴的な水管理によって土壌チッソの動きにも変化が生じ、施肥量を削減できる可能性もあるため、併せて考察する。
イトミミズを生かす冬期湛水の方法
新潟県長岡市にある試験水田(12a)を、冬期湛水の有無と施肥の有無で四つに区割りし、2014~17年にコシヒカリを有機栽培した。ここでは17年の試験の様子を紹介する。
冬期湛水した2区は、雨水と用水、井戸水を併用して前作秋耕後の10月19日から7月14日まで常時湛水とし、慣行水管理の2区は4月24日から7月14日まで常時湛水とした (下写真)。冬期湛水2区の日平均地温は、雪解け後の3月20日から5˚C以上となり、4月20日に15˚Cを超えた。イトミミズは活動できるが雑草種子は発芽できない地温 (5~15℃) が、約1カ月維持された状況である。また、イトミミズの生息密度が0.4~1.0匹/㎠であったことから、冬期湛水した2区では、イトミミズによる抑草効果を発揮させるための4条件がおおむね整った。一方、慣行水管理の2区は、イトミミズの生息密度も低く (0.1~0.4匹/㎠)、抑草効果を発揮させるための4条件が整わなかった。
雑草はほぼ皆無
雑草発芽盛期を過ぎた6月上旬に田植えしたことや雑草競合に有利な密植をしたことなどにより雑草の少ない試験条件ではあったが、冬期湛水しなかった「慣行・無肥」区と「慣行・施肥」区では雑草の発生はなお旺盛だった。一方、冬期湛水した「冬湛・無肥」区と「冬湛・施肥」区では、田植え後の除草作業は一切なしでも調査区内の雑草はほぼ皆無となった。実際の水田でも、イトミミズの抑草効果を発揮させるための4条件が整えば、しっかりと抑草されることが確認できた。
雑草種別残草量(7月30日)
地力チッソが1.5倍に
幼穂伸長期の水稲と雑草のチッソ吸収量を試験区ごとに分析したところ、「慣行・無肥」区では、10a当たり4kg程度のチッソが水稲と雑草に吸収されたことがわかった。このほとんどは土壌由来のチッソ (地力チッソ) と考えられ、無施肥としては妥当な値といえる。一方で「冬湛・無肥」区では、土壌由来のチッソとして6kgが水稲に吸収されたことがわかった。「慣行・施肥」区では、地力チッソ4kgのほかに秋肥・元肥・追肥によるチッソ6.5kg (米ヌカのチッソ含量を2%、高チッソ鶏糞を3%と仮定) が加えられた。10a当たり合計チッソ量は10.5kg。「冬湛・施肥」区では秋肥・追肥による3.5kgを加えると9.5kg。実際の吸収量の分析結果も妥当な範囲であった。
水稲と雑草のチッソ吸収量(7月30日)
ここで注目すべきは、冬期湛水区の土壌由来チッソが、慣行区より10a当たり2kgも多く、割合でいえば1.5倍に増えたことである。同じ土壌でありながら、水管理の違いによってチッソ吸収量に差が生じたのである。施肥量の節約に直結するため、当然ながらこれは大きな利点となる。
田植えまで湛水し続ける
冬期湛水でチッソが増えた理由は、チッソ損失の低減とチッソ固定の増進の両面から考えられる。
まずチッソ損失の低減の話は、やや複雑になるため、中干しを例に挙げて説明する。中干しにはさまざまな効果を期待できるが、その一つにチッソを切る効果がある。落水すると水田土壌中に空気が入るため、イネが主に利用する土壌中のアンモニア態チッソ (NH₄⁺) が酸素(O₂)と反応して硝酸態チッソ (NO₃⁻)に変化する。中干しを終了して水田に水を戻すと、今度は硝酸態チッソが気体のチッソ (N₂) に変化して、揮散する(脱窒現象)。こうしてチッソが切れることによって、イネの過剰分けつや徒長が抑制されるため、中干しは生育中期の重要な生育調節技術とされているのである。 注意すべきは、田んぼの水を落とせばチッソが切れるという現象はいつでも起こるという点だ。つまり、冬期湛水している田んぼを落水すれば、チッソの損失は避けられない。しかし裏を返せば、水を落とさずにそのまま田植えできれば、チッソの損失を防止できることになる。
次に、チッソ固定の増進である。チッソ固定とは、イネが利用できない気体のチッソを、イネが利用できるアンモニア態チッソなどに微生物などの力で変換することである。この能力を持っている微生物は意外と多いことが知られている。なかでもラン藻や光合成細菌はよく研究されており、その能力も高い。
チッソ固定を増進するためには、炭素やリン、石灰などが必要とされているが、とりわけ湛水と太陽光が重要とされている。ここでも湛水である。だから、落水せずに冬期湛水された水田では、慣行よりもチッソが増えるのである。
無施肥でも施肥超えの収量
コシヒカリの生育や収量がどうなったか見ていこう。「慣行・無肥」区では、少量ではあるが残った雑草もあり、少ない土壌チッソにイネと雑草が競合した。その結果、イネは栄養不足となって収量も落ち込んだ。一方、「慣行・施肥」区では養分供給が十分にあるため、10a当たりの精玄米収量は485kgとなった。冬期湛水した2区では、無施肥もしくは少量施肥であるにもかかわらず、「慣行・施肥」区をわずかながら上回る収量となった。「冬湛・無肥」区は「冬湛・施肥」区より幼穂伸長期のチッソ吸収量が少ないため収量が下がる可能性もあったが、同等の結果だった。「冬湛・施肥」区ではモミ数過剰による登熟歩合や粒厚の低下、玄米タンパク質含有率の上昇など、養分過剰の傾向が見られたことから、結果論として無施肥での養分供給量で十分だったとも考えられる。まだまだ検討すべき余地はあるとしても、イトミミズと冬期湛水の機能を最大限に活用すれば、水稲の無農薬・無除草・無肥料栽培も不可能ではないとわかった。
収穫直前の試験区
坪刈りによる玄米収量(10月4日)
対応策の検討も必要だが……
条件さえ整えられれば誰にでも取り組める栽培技術だとわかったが、田植えまで落水せずに湛水することは、潤沢な水源を自由に利用できる環境がないかぎり、簡単ではない。これを誰にでも取り組みやすい技術に発展させるためには、春先からの早期湛水の場合でも本稿と同様の効果が得られるかなど、さらなる検討が必要だ。
それでも、本試験では無農薬・無除草・無肥料の検証だけでなく、イトミミズや多様な水生生物のにぎわい、水鳥の訪れなど、風情ある光景も観察できた。栽培環境が許すなら、無理のない範囲で取り組んでいただきたい。
2025年11月号には、以下の記事も掲載されています。ぜひご覧ください。
秋から始めるイネづくり
- 土中の鉄の位置でわかる 自分の田んぼにぴったりな秋耕方法 川俣文人
- 冬に乾燥する地域 深さを変えた2回耕でワラが分解しやすい環境をキープ 三木孝昭
- 冬に雨・雪が多い地域 二山耕起でワラの分解促進 コナギが出なくなった 塚野忠平
- 二番穂がイネカメムシの栄養源になっている!? 世戸口貴宏
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