この連載では、『現代農業』の「野良で生れたうた」(詩・短歌・俳句の投稿コーナー)の選者に、うたの詠み方や楽しみ方を書いていただいています。今回は俳句の板倉馨子先生より。
板倉馨子(神奈川県相模原市)
『現代農業』2025年3月号
世界一短くて奥深く簡潔
私と俳句との出会いには、仕事が関わっていました。ずいぶん前のことになりますが、放送局に勤めていた当時、俳句界の大御所で、高校の大先輩でもある中村汀女先生に、インタビューすることになったのです。
いつものことですが、お会いする方についての予備知識を充分持って、その場に臨みます。
先生の句集を読み、このようなすばらしい表現の世界があったのかと、新鮮な感動を覚えました。
その時は緊張しながらも、楽しい対談番組をつくることができました。先生のお話から、俳句は世界で一番短い詩形なのに、とても奥が深く、自分の気持ちを簡潔に表現できる詩《うた》であると実感しました。
「よかったら、あなたもおやりなさいよ」と汀女先生に勧められたこともあり、先生の結社の方に教えていただくことになりました。途中、夫の海外赴任に同行して中断しましたが、帰国後、本格的に俳句に取り組みたいと考えるようになりました。たまたま夫の知人に「雲母《うんも》」という結社の有力同人をご存じの方がいて、その紹介でご指導いただくことになりました。
結社の主宰は飯田龍太師。厳しい選句と切れ味鋭い選評で有名でした。龍太選の評をいただきたくて、他の結社の人からも投句があるほど人気がありました。今も、その直系の「郭公《かっこう》」という結社に所属しています。自己紹介はこのくらいにして、俳句の話をいたしましょう。
芭蕉には新鮮な光景だった
有名な松尾芭蕉の句です。この句のどこがすごいか? おわかりでしょうか。
まず、下五を「水のおと」としたことです。それまでは短歌や俳句をはじめ、詩などで、“蛙”は鳴き声を詠むのが主流でした(蛙鳴く、河鹿鳴くなど)。
芭蕉はこれを「水のおと」としたのです。
芭蕉は当時、繁華な江戸の町中《まちなか》から、ひなびた、のどかな深川に転居していました。
そこには田畑や小川、堀などがあって、蛙がたくさんいました。川や田んぼに盛んに飛び込む蛙の様子を目にしていたのです。それまで町の中にいた芭蕉には、とても新鮮な光景だったと思います。
そこで「蛙飛び込む水のおと」という言葉が、ふと頭に浮かんだのです。
これが「気づき」です。でもこれだとまだ俳句にはなりません。上五をどうするか? いろいろ悩み、深川芭蕉庵で句会をしている時、弟子たちに問うと、高弟の宝井其角《たからいきかく》が「山吹や」ではいかがでしょう、と言いました。
山吹や蛙飛び込む水のおと
たしかに、句は華やかできれいになるけれど、何だかしっくりこない。いろんな意見が出ましたが、最後は自身が考えていた「古池や」に落ちつきました。この「古池」は芭蕉の想像上の池だといわれています。この上五が決まったことで、誰もが知る名句となりました。
蛙が飛び込む景に華やかさはいらない。むしろ地味で質実な言葉や物のほうが、句が生きると考えたのです。
つまり言葉のバランスの問題です。
少し違う感じ、を繰り返す
農作業の合間や散策の時、道端の草木や花、小動物などの動きや、季節の変化に目をとめ、気づいたことをメモする。それに季語を選んで一句にする。そして一度口に出して読んでみる。さらに二度、三度と声に出して句を詠んでみると、自分の考えていたことと少し違う感じがする。その時は、季語と、言葉のバランスを変えてみる。この作業を繰り返すことで、納得のいく一句に仕上がり、読み手の共感を得る「詩」になるように思います。
*芭蕉に関する記述は、長谷川櫂著『俳句の誕生』(筑摩書房)を参考にしました。
【連載】野良でうたを詠む心
- 第1回 独自の視点をつむぎだす(佐々木洋一)
- 第2回 歌は生の証明(千村ユミ子)
- 第3回 季節ごとの気づきに声を出して(板倉馨子)
- 第4回 農事が始まる春の歳時記(板倉馨子)
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