レイモンド・エップ/荒谷明子訳

あやめちゃん
君のご先祖たちが荷物と一緒にターキーレッド小麦のタネを持ってウクライナから船でアメリカ大陸へ渡り、ネブラスカ州に定住したいきさつは前回お話ししたね。ご先祖たちが育てたターキーレッドは、おいしいパンが焼ける小麦だと評判になり、あっという間に全米に栽培が広がっていったけれど、今ではほとんどつくられなくなってしまった。それはどうしてだったのか? その話をする前に、ゆくゆくはそこにつながっていくことになる話を、まず一緒に考えてみたいんだ。
150年前はどんな時代だった?
ご先祖がアメリカに渡ったのは今から150年も前だけれど、それはどんな時代だったんだろう? そもそもアメリカには本当に自由な土地があったのだろうか? ご先祖たちやその他大勢のヨーロッパからアメリカへやってきた人たちが定住するまで、その土地に誰も人はいなかったんだろうか?


その頃、ヨーロッパのイギリスという国では大きな工場が次々に建てられ、農村からたくさんの若者が工場で働くために都会へやってくるようになっていた。それまで手作業でしていた仕事を、石炭を燃やして動かす蒸気機関という機械で行なうようになった。以前よりも少ない時間で、もっとたくさんの品物が作れるようになったんだ。工場を動かしていた蒸気機関は、君のご先祖たちがアメリカへ渡るときに乗った船を動かしていたのと同じものだよ。この大きな変化は産業革命と呼ばれていて、それは人々の暮らしや社会を大きく変えたし、じつはご先祖たちの暮らしにも大きな影響を与えたできごとだったんだ。
工業製品を作るために、食料を輸入
たくさんの若者が農村から都会へ出て工場で働くようになると、農村はどうなっただろう? 作物や家畜を育てる人が減ってしまうことになるよね。そうすると、都会では食べ物が足りなくなってしまった。お金がある人が高いお金を払って食べ物を買うようになって、食べ物の値段がどんどん上がってしまい、工場で働く人のお給料をもっと増やさないと、彼らは食べ物を買えなくなってしまった。
お給料を上げると工場の儲け分が減ってしまうし、かといって食べ物が買えなくなったら働けないし……。なんとか働く人のお給料はそのままで、働き続けてもらうにはどうしたらいいか、工場を経営する人たちは頭を捻っただろうね。
そうだ、アメリカに移住した人たちが育てた穀物や肉を効率よく輸入する工夫をして、安いお給料でも工場で働く人たちが食べていけるようにしよう。そうなればもっと多くの人が農村から出てきて工場で働くようになって、もっとたくさんの工業製品を作ることができるぞ。
海底ケーブルを引き、大陸横断鉄道を敷く

そう考えた人たちは、まずイギリスからアメリカへ、海の中を電信ケーブルを引っ張っていくことを成功させた。それは1866年のこと。これでヨーロッパからアメリカに穀物や肉の注文ができるようになった。そして次にはアメリカ全土から物資を集めたり、必要な資源を運ぶためにアメリカの東部と西部を結ぶ大陸横断鉄道を、君のご先祖がアメリカへ渡る5年前の1869年に完成させたんだ。
アメリカ北部の雪深い森林では、樹齢100年を超える樹木が切り倒され、南では鉱脈から無煙炭が掘り出されて、鉄道網の中心地となったシカゴにいったん集められ、蒸気船の原動力になったし、国内の農村に運ばれてトラクタの蒸気エンジンを回し、作物の生産に使われた。物もお金もどんどん巡って経済は勢いよく発展した。
1849年には猟師が獲ってきた毛皮を交換するための小さな交易所でしかなかったシカゴは、1890年には人口100万人の大都市になって、倉庫が立ち並び、製材所では木屑が舞い、工場は煙を上げ、空を黒くしたそうだよ。
西に向かう明るい未来逃げる人や野生動物

この一枚の絵を見てごらん。
白い服を着た美しい女の人は、コロンビアという名前の天使だ。絵の右側から左へつまり西に向かって飛んでいるね。コロンビアが持っているのは電信ケーブル。コロンビアが通り過ぎたところは明るくなっていて、ヨーロッパから来たらしい船が港に泊まっているし、鉄道も引かれている。手前には君のご先祖たちのような開拓民がやって来て、畑が整えられていっている。
だけど、左側は暗いね。よく見ると熊だろうか、野生動物や先住民の人たちが西に向かって逃げている。君はこの絵を見てどう思うかな? ジイジはこの中に自分がいるとしたらどの立場なんだろうって考えたとき、ハッとさせられたんだ。

大きな経済システムの中の1ピース
ご先祖たちは平和と平等をとても大切に思い、それを中心に据えた暮らしを共につくるために、ウクライナでの暮らしを諦めてアメリカへ渡った。そのことは、この前君に話したよね。ご先祖たちが新しい土地で勤勉に働き、質素な暮らしを丁寧に紡いでいったことは間違いのない事実だけれど、育てた作物は鉄道に乗ってシカゴに集められ、ヨーロッパへと売られていったことも本当のこと。
新しい土地に自分たちを運んでくれた鉄道が、同時に自分たちを遠くの市場へとつなげる大きな経済のシステムへと誘いざなうものになった。そして、もちろん直接は関わっていなかったけれども、広大な森林が伐採され、何千万頭ものバッファローが殺され、先住民の人たちの暮らしも命も奪われた。自分たちがこの絵の1ピースだったってことにも、そのときはきっと気がついていなかったと思う。
君には新しい絵を描く自由がある
だから君には、自分がどんな仕組みに参加しているのか、それは願っていたことなのか、見つめる目を持ってほしい。じつは私たちの暮らしは、地球の反対側の人たちや自然の生き物たちともつながっているし、知らず知らずに自分のしていることが暴力的な構造の一部になってしまうこともあるからね。

過去に戻ってやり直すことはできないけれど、前の時代を生きた人たちが辿ってきた道のりから学ぶことはできる。そしてご先祖たちがしてきたように、神さまが創られたこの世界を愛して、平和の民となるとはどういう意味なのかを求め続けてほしい。誰かが作った絵の中に自分を探さなくてもいいんだ。私たちには新しい絵を描く自由があるんだよ。親愛なるあやめちゃん、君はどんな絵を描くのかな。
(北海道長沼町)
レイモンドさんが書いた原文(英語)は、こちらでご覧になれます。
【北海道で大地再生農業】レイモンドからの手紙
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