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【大地の再生】(動画あり)第6回 スコップと草刈り鎌でできる 裏山の防災

文=編集部 写真=大村嘉正 

現代農業2018年10月号~2019年2月号に連載された「空気と水の流れをよくして大地の再生」(全5回)および、季刊地域2021年夏・秋号「大地の再生」に掲載された記事の一部を期間限定で公開します。移植ゴテひとつからはじめられる環境改善のやり方です。

「大地の再生」に関心を持つ尾道市内外の16人が口コミで集まった。この日は取材を兼ねた講座で無料だったが、ふだんの講座の参加費は1人3000円ほど
「大地の再生」に関心を持つ尾道市内外の16人が口コミで集まった。この日は取材を兼ねた講座で無料だったが、ふだんの講座の参加費は1人3000円ほど

 ふだんの手入れで裏山の災害から身を守る。2021年4月13日、そんなテーマのワークショップが「大地の再生 結の杜づくり」中国支部の講座の一つとして開催された。下村京子さん(59歳)と上村匡司さん(50歳)という「村々コンビ」を講師に、30~60代の総勢18人が集まった。

「大地の再生」で土砂崩れを防ぐ

 場所は広島県尾道市の山あいにある大通寺。3年前の西日本豪雨で裏山の沢が崩れたりしたこともあり、大地の再生に関心を持った住職・大淵英範さんが下村さんたちを招いてワークショップの場を設けることになった。

 大地の再生とは、山梨県在住の造園技師・矢野智徳さん(64歳)が指導する手法で、水と空気の目詰まりを回復させることで植物が元気になり、周囲の環境に好循環がもたらされるというものだ。本誌の兄弟誌『現代農業』では、大地の再生によって果樹の生育が改善したり、耕作放棄地が再生したりする方法を取り上げてきた。今回はそれを防災・減災に役立てるのがねらい。水と空気の流れを回復させて環境を整えれば、山の土砂崩れなどを防ぐ効果があるというのだ。

 矢野さん自身も、大地の再生の普及のために各地で実践講座を重ねてきた。その考え方や手法にふれて共感する人が造園技師や庭師などにも増えており、いま全国に広まりつつある。

 下村さんも、もとはバラを中心としたガーデニングコーディネーター。自宅は県内呉市にある。上村さんは京都で造園の仕事をしてきた方だ。

ドブ臭い谷に注意

 下村さんの話は地形図を見ることから始まった。野外で地形図を見るには、スマートフォンやタブレットで使える無料アプリ「スーパー地形」が便利という。

 「等高線が外側に飛び出たところは尾根、引っ込んだところは谷。この谷筋を私たちは水脈と呼んでいます。水脈は、表面に水が流れていなくても、地下に水を保持しています。大通寺さんの裏には2本の谷がある。おそらくお寺の下にも水が流れていると思われます」

 お寺に向かう谷筋。ということは、ここで土石流などが起きれば、周囲の家ともども寺も大きな被害を受けかねない。

 大淵住職によると、大通寺は今から350年ほど前、火災で焼けたのを機に現在の場所に移ってきたそうだ。それまでは「寺谷」という地名が今も残る山の中にあった。一般に寺や神社が谷筋のような危ない場所にあることは少ないそうだが、集落の中心ということで現在の場所に建てられたらしい。移転前の臨済宗(禅宗)から浄土真宗の寺に変わり、「門徒さんが集まる場所に」という意向が強かったのではないかというのが住職の推測だ。

 大通寺にまっすぐ向かう西側の谷はもう一つの谷より急で、寺のすぐ裏では、谷に設けられた水路を水がちょろちょろ流れている。だが、その先の大部分は伏流しているようで、大雨のときだけ水が流れる沢になるという。では、ふだんは伏流したままでいいかというと――。

 「みなさん、ちょっとドブ臭いにおいを感じませんか」と下村さん。溝に顔を近づけると確かに少しにおう。

 「水が滞っているから、落ち葉などの有機物が積もって嫌気性菌が増えているんです。沢を水が流れないから斜面に雨水が浸透しない。大雨が降れば、土と石と水がものすごい勢いで流れて、土石流、山津波になりかねません」

 というわけで、作業は沢(谷筋)の泥さらいから始まった。

谷筋の滞りをなくすと、斜面に空気穴が開く

 「谷を大事にする。谷から面に脈をつなぐ」。上村さんはこんな言い方をした。一方、下村さんは「谷筋は人間の体のツボのようなもの。斜面の一番下にある谷筋の滞りをなくすと、体の血流がよくなるように、土の中の空気と水の循環がよくなる。下の詰まりを改善すると上もよくなる」という。

 2人の話から浮かんだのは次のようなイメージだ。谷筋に集まった水が流れないために、その上では水分の渋滞が起きている。谷の壁面の土は、いつまでたってもスポンジが水を含んだような状態。だから雨が降っても浸透できず、大雨になれば表面を流れ落ち、土をえぐっていく――。

 また、下村さんによると、斜面を流れる泥水は細かい粘土で表面を目詰まりさせ、水も空気も浸透できない悪循環をもたらすという。植物が育たないので斜面は裸地状態のまま。周囲の樹木も細根を伸ばせずゴボウ根になり、倒れやすくなってしまう。

 それを改善する取っかかりが、谷筋の水の滞りをなくすことなのだ。堆積した泥や有機物をさらってやれば、斜面に「空気穴が開く」。

スコップで大地とつながる

 しかし、だからといって、沢の底をたくさん掘ったり削ったりする必要はない。掘りすぎると壁面が崩れたりもする。水の流れは滞ってはいけないが、走りすぎてもよくない。等速に流れるようにする。自然の地形に合わせて少しさらっては水の流れの変化を確認し、大勢でやるときは、互いに連携しながら作業することが大事という。

 自然の川は蛇行し、深くなったり浅くなったり波打ったりしながら流れていく。カーブしながら流れることで泥が濾され、深みや波打つところで水は上下左右に渦を巻き、空気を取り込んで澄んだ流れになる。そして、落ち葉が混じった周囲の泥を微生物の力で団粒化していく。そういう水や空気や微生物の働きを回復させることが要となるようだ。

 講座の参加者がふるうスコップの先が砂利にこすれる音が谷に響く。村々コンビの話に感心したり驚いたりする声がときどき上がる。

 なるほど、少しずつ底の泥をさらうと変化がよく見えるのだ。水流が狭くなったところを広げると水が動き出し、濁った水が澄み始める。よどんだところにたまった、灰色がかった嫌気状態の泥はスーッと広がって薄れていく。それは、スコップを通して、自分の体と自然がつながる一体感のようなものか。参加者のみなさんの顔には、そんな満ち足りた表情が浮かんでいた。

枯れ枝・枯れ葉で斜面に「湿布」

参加者一同で枝の置き方(写真右下)を確認。枯れ枝と落ち葉で植物が育つのを促す。中央は泥さらいを終えた沢
「大地の再生」に関心を持つ尾道市内外の16人が口コミで集まった。この日は取材を兼ねた講座で無料だったが、ふだんの講座の参加費は1人3000円ほど

 「沢の泥さらいをする前に拾った枯れ枝に、別の機能を持たせたい」と上村さんが実演してくれたのが上の写真のような方法だ。何に使うかというと、沢の側面、裸地になった斜面が「呼吸できるように」するという。

 枯れ枝を、太いもの細いものを混ぜて斜面に置いていく。このとき枝は水平ではなく斜めに置く。これは、上から流れてきた雨水をまともに受けず、逃がすようにするためだ。

 前述のように、斜面が裸地になるのは、雨水が表面を走りすぎて、ネトーッとした細かい泥がフタをしてしまうから。すると大地が呼吸できず、空気も水も浸透しないので、周囲の木が落とした枯れ葉は乾いたまま風で飛ばされ、斜面を覆ってくれないのだ。

 枝を置くと、それに落ち葉が引っかかって大地に「湿布」したような状態になる。落ち葉による有機物マルチだ。すると落ち葉の養分をエサに好気性菌が働いて土が団粒化する。そこに草のタネや木の実がとどまって植物が生える。つまり枯れ枝と枯れ葉は、植物が斜面を覆うまでの保護資材だ。空気と水の流れが回復した斜面にはやがて植物が育ち、細根が発達し、斜面を保護する力が強まる。

土手に上げた泥も活かす 沢からさらった泥は、空気が入るように枯れ枝と枯れ葉(腐葉土)で挟むように積む。ここにもやがて植物が育ち、根で地面を保護してくれる
土手に上げた泥も活かす 沢からさらった泥は、空気が入るように枯れ枝と枯れ葉(腐葉土)で挟むように積む。ここにもやがて植物が育ち、根で地面を保護してくれる

続きは『季刊地域』2021年夏号をご覧ください

*『季刊地域』2021年夏号(原題:スコップと草刈り鎌でできる裏山の防災)より。情報は掲載時のものです。

ルーラル電子図書館で取材ビデオを公開中
取材ビデオを期間限定で公開中です。「スコップと草刈り鎌でできる裏山の防災」
【動画】スコップと草刈り鎌でできる裏山の防災「点穴」の作り方(『季刊地域』取材ビデオより)

*動画は画像をクリックするとルーラル電子図書館へ移動します。

*動画は会員限定コンテンツです。

\ 書籍情報 /

矢野智徳 著
大内正伸 著
大地の再生技術研究所 編
定価2,860円 (税込)
ISBNコード:9784540212390

造園技師・矢野智徳氏が長年培ってきた環境再生の考え方と手法を、広く・濃く伝える決定版。
「空気が動かないと水は動かない」―独自の自然認識をもとに提唱する新たな「土・木」施工。その手法を、ふんだんなイラストと写真でわかりやすく解説。身近な農地、庭先、里地・里山から始める環境再生技術。

著者

矢野智徳(やのとものり)1956 年、福岡県北九州市生まれ。合同会社「杜の学校」代表。
1984 年、造園業で独立。環境再生の手法を確立し「大地の再生」講座を全国で展開しながら普及と指導を続けている。クライアントは個人宅や企業敷地ほか、数年にわたる社寺敷地の施業も数多い。近年の活動では宮城県仙台市の高木移植プロジェクト、福島県三春町「福聚寺」、神奈川 県鎌倉市「東慶寺」のほか、災害調査と支援プロジェクトとして福岡県朝倉市、広島県呉市、愛媛県宇和島市、岡山県倉敷市、宮城県丸森町、千葉県市原市などに関わる。
 拠点となる山梨県上野原市に自然農の実践農場のほか、座学や宿泊できる施設に、全国からライセンス取得や施業を学びに有志が集う。2020 年「大地の再生 技術研究所」設立。

WEBサイト:大地の再生 結の杜づくり(https://daichisaisei.net/)

大内正伸(おおうちまさのぶ)1959年生まれ。森林ボランティア経験をもとに林業に関わり技術書を執筆。2004 年より群馬県で山暮らしを始め、2011 年、香川県高松市に転居。2020年、自宅敷地で「大地の再生講座」を開催する。囲炉裏づくり等のワークショップや講演も多数。著書に『これならできる山づくり』『山で暮らす愉しみと基本の技術』ほか