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なぜ自分で酒をつくってはいけないの?

この記事は、現代農業2023年1月号の特集「今、ドブロクがアツい」から選んだ試し読みです。日本で自家醸造が禁止になった歴史と、この間の自家醸造をめぐる情勢について、青山学院大学・三木氏に解説していただきました。ぜひご覧ください。

青山学院大学・三木義一

 スローフードの時代。美味しい吟醸酒もいいが、手づくりの自分のお酒も飲んでみたいと思うのはごく自然なことですね。でも、自家醸造は基本的に禁止され、梅酒などについては規制がいろいろあります。なぜなのか、できるだけわかりやすく解説してみましょう。

佐藤和恵撮影

なぜ、自家醸造が禁止されたのか

 自分でお酒をつくるのが全面的に禁止されたのは、明治時代の1899年です。その経緯を少し見ておきましょう。
 
 もともと、農民のドブロクくりは自由でした。自分の田でとれた米で酒をつくっていたのです。いっぽう、酒造業者には酒税が課されていました。それを政府は①1880年に増税。酒の価格が上がっても販売量が落ちないように、自家用酒の製造数量を一石(180L)以下に制限。それ以上は買うように仕向けました。次いで、②82年に免許鑑札制度が導入され、自家用酒製造者は免許料を支払わないといけなくなりました。さらに、③86年には「清酒」の自家醸造が全面的に禁止され、④96年には規制が強化され、自家醸造は濁酒(ドブロク)、白酒、焼酎のみに認められ、それらにも軽減税率で課税されるとともに、直接国税10円以上の納税者には自家醸造が禁止されました。これはせめて零細な農民のためにドブロクづくりは認めてほしいという声を受け入れたものといえますが、ついに、⑤99年、大幅な増税のために自家醸造は全面的に禁止され、今日までこの措置が続いてきているのです。
 
 自家醸造に対する規制の強化が、酒税の増税と連動していることにはもうお気づきですね。そう、この時期の酒税の増税はすさまじいものだったのです。一挙に1.5倍、3倍といった今日では考えられないような大幅な増税が行なわれました。当然、酒造業者は大反対です。そこで政府は、「自家醸造を全面的に禁止して、商品としての酒を買わざるをえないようにするので、増税を受け入れよ」と迫り、業者側も妥協するわけです。これが、自家醸造禁止の本当の理由です。

酒税が明治時代の国家財政を支えていた

 ところで、いくら税金のためとはいえ、なぜこうした規制が可能だったのでしょう。当時は明治憲法のもとで国民の権利に対して十分な保障がなかったこと、とくに自家用酒製造のような個人の家庭内での行動に対する規制が権利問題として理解されにくかったことなどもあると思いますが、決定的だったのは、酒税収入の国家財政に占める重要性です。現在は税収のわずか1〜2%しかありませんが、自家醸造が禁止された1899年当時は36%も占め、国税中第一位の収入源だったのです。明治期は酒税と地租(今の固定資産税)が国家財政を支えていたのです。
 
 しかも、日清戦争(94年)の勃発により多額の戦費が費やされ、その後も軍備拡大のために莫大な増税が必要になり、自家醸造禁止に対して議会でも強い反対をなしえなかったのでしょうね。
 
 しかし、それまでドブロクをつくってきた農民が、高い商品である酒を容易に買えるわけではありません。密かにドブロクをつくり、税務署の「密造狩り」との戦いが繰り広げられていたのはご存じの通りです(宮沢賢治の『税務署長の冒険』などを読むと面白いと思います)。

ドブロク裁判の顛末

 このような状況に、正面から挑戦したのが前田俊彦さんでした。前田さんは1981年冬にドブロクをつくり、その試飲会に国税庁長官を招待したので、マスコミも注目したのです。もちろん当日、国税庁長官が来ることはなく、代わりに警察官が来て、ドブロクなどを没収していきました。もっとも、そこにいた刑事の1人が前田さんにそっと「応援しています。頑張ってください」と言ったそうです。

 前田さんは脱税犯として起訴されることを楽しみに待ったのですが、一向にその気配がない。裁判にするとマスコミがまた騒ぐので、起訴されないのではないかと考え、今度は銀座の歩行者天国で自家製のビールを歩行者に配り、ようやく起訴されたのです。起訴されて喜ぶ人というのはめったにいないでしょうね。
 裁判では、前田さんの主張は退けられ、酒をつくる権利は「経済的自由権」の一つだとされてしまいました。そうすると、国の規制が広く認められます。裁判の結果は以下の通りです。

◆1989年12月14日、最高裁判所第一小法廷での判決

 酒税法の右各規定は、自己消費を目的とする酒類製造であっても、これを放任するときは酒税収入の減少など酒税の徴収確保に支障を生じる事態が予想されるところから、国の重要な財政収入である酒税の徴収を確保するため、製造目的のいかんを問わず、酒類製造を一律に免許の対象とした上、免許を受けないで酒類を製造した者を処罰することとしたものであり、これにより自己消費目的の酒類製造の自由が制約されるとしても、そのような規制が立法府の裁量権を逸脱し、著しく不合理であることが明白であるとはいえず、憲法三一条(適正手続の保障)、一三条(幸福追求権)に違反するものでないことは、当裁判所の判例の趣旨に徴し明らかであるから、論旨は理由がない。

梅酒解禁のいきさつ

 こうしていまだに自家醸造は禁止されているのですが、その規制を緩和する動きが二つほどありました。一つが梅酒解禁で、もう一つがビールの年間最低製造数量の引き下げです。

 もともと、梅酒は焼酎などに梅を漬けて、新たに酒類を製造することになるので、自家醸造とみなされていました。しかし・・・

この記事のほか、2023年1月号ではドブロクがよくわかる以下の記事も掲載しています。

  • 「どぶろくを醸す会」が大盛況 千葉・千葉みずたま
  • 飲んで素肌美人、浸かってあったか ドブロクは最高の発酵食品! 今西美穂
  • お手軽版 ドブロクのつくり方
  • これぞ農家のドブロク 珠玉の工夫集
  • 世の中では、ドブロク愛、上昇中 山口・右田圭司さん
  • あわせて読みたい ドブロクの指南書ここにあり

ぜひ本誌でご覧ください。

 2023年1月号の試し読み 

ドブロクをつくろう

前田俊彦 編

1981年刊行、禁断の名著が復活。酒税法は憲法違反。しかも自家醸造が違法なのは世界中で日本だけ。各界の人がこの悪法を粉砕し、ドブロクを民衆の手にと主張する。巻末に図解入りでドブロクやワインの造り方を詳述。